紹介の紹介
先日、ある大学の学部生が「論文紹介の準備で疲れた」という話をSNSでしていました。これを聞いて色々と残念なことを思い出したので話をしようかと思います。
ゼミの定番
形式は研究室によって異なると思いますが、大学で研究室に配属されると毎週1回ゼミがあります。そのゼミで行われることの多くは自分の研究の進捗もしくは論文紹介でしょう。特に、研究室に配属されたばかりの学部生は自分の研究もほとんど進んでいないことから、論文紹介をするように言われることが多いと思われます。私なりに研究をはじめたばかりの学生が論文紹介をさせられる理由としては、「先行研究を知る」「実験技術を学ぶ」「専門用語の確認する」「データのまとめ方を理解する」などでしょうか?要は、他人の論文を紹介することは、自分の研究分野の知識不足やこれから勉強すべきことを認識するためだと考えられます。
とにかく嫌だった
私も学部時代に論文紹介を何度かさせられましたが、とにかく嫌でした。正確には、ゼミ前に院生の前で行うリハーサルが嫌でした。「そのうち役に立つこと思うから」と言われましたが、それから20年近くたった今でも断言できます。あれは時間の無駄です。自分の生徒がしていたら止めさせます。
とはいっても、学部生が発表前に院生の前でリハーサルをする習慣があった意義は理解しています。紹介する論文は英語で書かれていますが、発表は日本語で行うので、未熟な学部生はよく翻訳ミスを行います。例えば、私の専門である単生類の古い論文では、宿主の体に付着するための器官を”Anchor”と表現しています。このanchorを辞書で調べると「船の錨, 骨片(生物学)」とでてきます。しかし、骨片はウニなど棘皮動物の中胚葉由来の器官の1つのことで、寄生虫学では“鉤”と訳さなければなりません。ゼミでは教授から質の高い指導を受けることができます。にもかかわらず、このようなミスがあることで、教授に指摘されるのは時間がもったいないので、事前に院生がチェックするという役割があったのだと思います。しかし、私が在籍していたときはまさにこのリハーサルが形骸化しており、書式のずれやフォントの大きさなど、マニュアルがあれば事前に直せることを数時間に渡り指摘されるだけでした。ときおり、翻訳ミスを教えてくれましたが…。
大学院では別の研究室に移ったのですが、そこではフォントの大きさなどは何も言われませんでしたが、「教科書を読み直せ」「英語(日本語)分かってる?」「根拠がないよ!」など内容をとことん詰められました。3回目以降のゼミ発表では英語で発表させられましたが、最初の英語の発表は「やり直し」で終わりました。どのみち、ゼミ発表は大変です。
論文紹介は必要?
論文紹介がたいへんな理由としては、専門分野に未熟な学部生が大学入試以来の英語長文に挑まなければならないこともあると思います。私も4年生の時は自分の順番が回ってくる2週間くらい前から必死に論文と格闘していました。現在はDeepLのような非常に優れた翻訳サイトが存在しているので、これを利用すれば論文を読む時間を短縮できるだけではなく、内容の理解も深まっているのではないかと思っています。この翻訳サイトの利用は研究者(特に指導的立場にある人)の中でも賛否両論あるようです。私の意見としては、翻訳サイトはどんどん活用すべきだと思っています。というのも、「論文を読んで知見を得ること」と「英語の能力を向上すること」は別物だと考えているからです。研究を進めていくには、論文から最新の知見を少しでも多く吸収しなければなりません。この時に、英語が原因で論文を読むのに時間がかかって、実験や調査へのとりかかりが遅れては元も子もありません。翻訳サイトを利用して少しでも多くの論文を読むべきです。
その反面、翻訳サイトでは正確に翻訳できない専門用語や表現をちゃんと理解できるように英語の勉強も必要です。それは、研究の締めくくりとして論文を作成する時に、日本語を母語としている私たちは、日本語で考えて、英語で論文を書いているためです。正確な日本語で文章を作れなければ、英語で相手に伝わる文章も書けません。そういう点では、どんなに翻訳サイトの精度があがっても、論文紹介を通して日本語と英語を学ぶことは学部生にとって必要なのだと思います。
ゼミ発表がしたい
学部でも大学院でも色々とたいへんだったゼミ発表ですが、今はあの環境に戻りたいと思っています。在野での研究は1人で進めることになり、結果を他の人に見てもらえるのは学会か論文の草稿を協力者に見てもらう時に限られます。すると、序論の展開や考察の甘さを指摘されて大幅な書き直しを必要とされます。特に、解析の方法や図や表が悪いと言われると序盤からやり直すことになるので、心が折れそうになります。ゼミ発表では外に出す前に、教授や研究室のメンバーから一流の助言をもらえるのは恵まれているの一言です。一応、知り合いの研究者に助言を求めたり、ゼミに参加させてもらえそうなところもあるのですが、ちょっと申し訳ないんですよね。
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