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【桃太郎】 第十話「鬼ヶ島」

「あんたたちが、鬼ヶ島まで連れて行ってくれるんだな?」
「左様です。私どもが水先をご案内いたします」
 桃太郎の問いに、澱みなく答える、雉のキジ彦。
 エテ吉は、つがいのキジ子をじっと見つめていた。

 *  *  *

 八丈島には、途中、伊豆のいくつかの島に立ち寄りながら、五日をかけて辿り着いた。
 一行は疲労の極みにあった。
 八丈の黒潮は、想像以上に桃太郎たちに手荒な歓迎をした。
 漕ぎ手は、桃太郎、エテ吉、金助が担当し、シロは舟の後ろを泳いで押した。
 そんな中、活躍したのが旅助であった。
 しきりに高波が舟を洗い、底に水が溜まり続けた。それを旅助が懸命に掻き出していたのだ。
 桃太郎が頭を撫でる。
「旅助、頑張ったな。褒美をやろう。エテ吉」
「おうよ」
 エテ吉は、雑嚢袋から、干し肉を取り出した。
 そして、旅助に聞く。
「坊主、誰が好きや?」
「かあちゃん!」
「じゃあ好きな食いもんは?」
「かあ……、か、カレイ、さかなのカレイ」
「……まあ、ええやろ」
 エテ吉は、旅助の手に干し肉を握らせた。
 それから、皆、一晩、八丈島で泥のように眠った。

 翌朝、お目当ては意外にも向こうからやって来た。
「あなた方は、見ないお顔ですね」
 どこからか声がする。
 すると、空からすうっと桃太郎たちの前に現れた。
 二羽の雉であった。
「あんたたち、鬼ヶ島に出入りしている雉か?」
「左様です」
 キジ彦と名乗った雉は、慇懃に鬼ヶ島への旅先を語る。もう一羽は、つがいでキジ子といった。
「ところで鬼ヶ島に連れ去られたおなごを知っているか?」
「いいえ。手前どもは、青鬼さまの言いつけどおり、島に荷を運ぶのが生業でございます。鬼の御殿の詳しい様子は分かりかねます」
 とりつく島もないキジ彦。
 そばで聞いていたエテ吉は、どうにも腹の座りが悪かった。
 キジ子である。そして、目が泳ぐ彼女を獲物と定めた。
 エテ吉は、紙を取り出すと、筆を走らせる……。
「キジ子はん、これ見てもらおうか」
 それは、キヨの人相書きであった。
 エテ吉の腕前は以前に比べ、格段に上達している。
 ただ、いつもの癖で体まで描いてしまったために、艶絵になってしまった。「ちっ……」桃太郎が低く舌を打つ。
 だが、効果はてきめんであった。
 キジ子は、はっと息を呑み、後ずさる。
 それを桃太郎は見逃さない。
「何か知っているんだな」
「め、滅相もございません」キジ彦は、一転、青ざめるとあれやこれやと弁明する。
「嘘をつくな!」
 真っ赤になった桃太郎は、キジ彦に飛びかかると馬乗りになり、首を絞めた。
「ま、待て、桃。こいつらにも言い分があるんとちゃうか……」
「桃、ちょっと落ち着いて……」
 シロとエテ吉は興奮する桃太郎を、なんとかキジ彦から引き離した。
 すると、キジ子が桃太郎の前に進み出て跪いた。そして、ことの顛末を語り出した……。

 *  *  *

 鬼ヶ島……。
 キヨは、ここに連れてこられて以来、はじめて外に出た。
 例の青ざめた女、タマに言われるがまま、いつもは二階からぼんやり眺めるだけであった大広間に降りて来た。
 タマに箒を持たされて、掃除をするように言われていた。ただ、「落ち着いていれば大丈夫……」そう言い残し奥へ引き上げた、彼女の言葉が胸につかえる。
 露天の大広間は、陽の光が照らし、数羽のトビが気持ち良さそうに空を泳いでいた。
 山育ちのキヨは、なんて気持ちのいいところなんだろう、と叫んでみたくなった。ここが鬼ヶ島でなければ、そうするのだが……。
 箒をせっせと走らせる。大広間は、集落ほどの大きさがあるのだ。
 早く終わらせてしまいたい気持ちがはやった……。

 その時であった——

 キヨの五臓を震わせる衝撃波が鬼の御殿から解き放たれた。
 御殿の扉が甲高い金属音をたてて開く。

 どしん、どしんっ……!

 青鬼が、のっそりと巨体を揺らして大広間に入って来た。
 あの日、見た青鬼……。
 キヨは、その場で腰を抜かしてしまった。
 青鬼が近づいてくる。なんとかその場を逃れようと、必死に腕で床を掻く。
 その時、あの言葉が浮かんだ。
 ——落ち着いていれば大丈夫……
 普段どおりということであろうか。あれこれ考えているうちに青鬼は、眼前に立っていた。

 ——オナゴ……、ナハ……

「……!?」
 その声音は、人の重苦しい叫喚が、幾重にも折り重なったような不快さで、キヨの耳奥にこびりついた。
 縛り首になる罪人が、この世に恨みごとを吐くと、こんな声音になるのだろうか……。
 ……って、名を問われたの——?

 ——オナゴ……、ナハ……

 一歩、踏み出した青鬼は、再度問う。
「キ、キヨ! キヨにございますっ……!」
 キヨは、目を瞑って、絶叫した。

 ……暫くしてもなんの反応もない。
 そおっと片目を開けた。
 鬼は、跡形もなく消えていた。

 *  *  *

「どうかお許しください!」
 語り終わったキジ子は泣き崩れた。
 この雉たちは、常から内地を遊弋し、鬼のいうおなごを物見していた。
 キヨも何年も前から彼らの物見にかかり、あの夜、雉夫婦に手引きされた鬼に連れ去られたと。
 そう、白状した。
「何でそないなこと……」
「それは……、手前どもの子が鬼に質として取られておりまして……」俯いてキジ彦は答えた。
「隙を見て飛んで逃げることは出来ないんですか?」
 シロが問う。
「子どもたちは鬼に腱を切られておりまして、飛ぶことが叶いませぬ。いうことを聞かねば、子を殺すと……」
 キジ彦は黙り込んだ。
 だからといって、他人の子を連れ去ってよい道理はない。重い空気が垂れ込めた時、エテ吉があっけらかんと、
「そら気の毒なことやなあ」
 といった。
「おい、キヨを攫った連中だぞ」険しく吐く、桃太郎。
「まあそうやけど、この人らもやりとうてやったわけちゃうやろ」
「……」
「桃、水に流せとはいわん。けどな俺たちなんでここまで来たんや。キヨを助けるためや。違うか?」
 そんなことぐらい、桃太郎にも分かっている。雉たちの話で、怒りの矛先が宙ぶらりんになっただけのことなのだ。
 その時、キジ子が桃太郎に縋りついた。
「どうか私どももご一緒させてください……!」
 絶叫であった。キジ彦が後を引き取って続ける。
「罪滅ぼしというわけではございませんが、島の昨今の事情を洗いざらい申し述べます。手前どももわが子を取り戻しとうございます」
 そして、深々と桃太郎に頭を下げた。
「どうすんねん、桃」
「……分かった。俺たちに力を貸してくれるか」
 キジ夫婦は互いに抱き合って、うなずいた。

 *  *  *

 鬼ヶ島へ向かう船上、雉から得た消息をまとめる面々。

 まず、島の中心に火山口があり、それを断崖がまあるく囲っている。
 お椀でいえば、底が火山口で、縁が断崖であった。
 その火山口の真上に鬼の御殿が建てられているのだ。
 外からそのお椀の底に行く方法は、桟橋のすぐ近くから断崖を穿っている隧道を抜ける道が、ただのひとつだけである。
 エテ吉は、さらさらと筆を走らせる。
 更に、鬼の弱点は目であるという。
 キジ彦は、
「以前、トビが鬼のまなこにぶつかり、それで大暴れした鬼が、御殿を粉々にするほど正体をなくした」
 と証言した。
 あとは、キヨの消息である。
 少なくとも二日前には雉夫婦が目撃している。
 こればっかりは、信じるほかない。

 面々は、ふと目を上げた。
 敵地、鬼ヶ島が近づいて来た……。
 

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