うなぎは入っていない
旅先では
① その街の住人であるかのようにふるまう
② 定番過ぎないおみやげを買う
ようにしている。
①は、どこまで現地に擬態できるか、非日常を日常にできるか、という矛盾した挑戦である。
先日姫路に行ったとき、①は良くも悪くもクリアしたようだ。
目的地に向かってずんずん歩いていると、向かいから歩いてきたご婦人に呼び止められ、
「おたずねします、しまむらはどちら?」
と道を聞かれた。
小ぶりのリュックだったから、見た目にも観光客には見えなかったのだろう。
でも、さすがに地元のファッションセンターまでは分からない。
「すみません、東京から来たもので…」
と答えざるを得なかった。
なんだか申し訳ないことをしたし、スマホで調べて差し上げればよかったし、そもそも横浜から来た。
帰路は、姫路から三宮を経由して、新大阪から新幹線に乗った。
②を達成するためである。
これは、芦屋に本店を置く洋菓子店《ダニエル》の紙袋。
右下にあしらわれているのは、うなぎのイラスト。
ダニエルといえば、いま流行りのカヌレを連想される方が多いかもしれない。
事実、ダニエルのインスタはカヌレであふれているし、アカウント名がカヌレを冠している。
夏に別件で来たとき、ルクア大阪店には開店直後から長蛇の列ができていたので、断念した。
アレンジメントフラワーのような見目麗しいカヌレもいいのだが、わたしの目当ては《うなぎの寝床》というチョコレートケーキ。
インスタはカヌレ推しでも、ホームページのURLには創業時からの定番だ、という主張がしっかりと。
うなぎの寝床、という名前だけ聞くとぎょっとしてしまうが、原材料にうなぎのエキスは一滴も入っていない。
バレンタインが一段落したからか、土曜日の午後にもかかわらず、ほぼ並ばずに買えた。
「ご注文お伺いします」
「うなぎの黒い方お願いします」
「…?以上でよろしいですか?」
「はい(きっぱり)」
店員さんの一瞬の間に、「えっカヌレいらないの?」というほんの少しの驚きを感じた。
「要冷蔵ですが、いまの時期でしたら半日程度は常温でお持ち歩きいただけます」
安心する補足説明。夏に購入を諦めたのは、持ち歩きの懸念もあったからだ。
ホワイトチョコレートの白うなぎもあるが、今回は定番の黒うなぎ。
10日程度日持ちするので、おみやげやおもたせにちょうどいい。
しっかりした紙箱に、みっちみちに収められている肥えたうなぎ、もといチョコレートケーキ。
これは約15㎝の小サイズだが、大サイズは約30㎝ある。
うなぎの寝床は、間口の狭い細長い間取りの部屋を意味する言葉。
この箱がまさにうなぎの寝床で、指を入れるスキマがない。
幸いケーキ本体もしっかりしているから、箱を逆さにして取り出しても崩れないし、丸太のようにつかめる。
チョコレートコーティングされた天面は、重厚感のある光沢。そこに、粗めの砂糖が振りかけられていて、キラキラしている。
カカオの香りもまとわせた、おしゃれうなぎ。
切るときはグッと力を込めるくらいずっしりしていたのに、口に入れるとしっとりやわらかという不思議。
厚めに(長めに?)切ると、天面のチョコレートのパリッとモリッと感が楽しめる。
ブラックチョコレートが効いているのか、生地はカカオの風味が感じられる大人の味わいで、甘ったるさは全然ない。
コーティングのチョコレートと、ちりばめられたチョコチップの甘みがそこに混ざり合うと、ブラウニーのようなふくよかな味わいに変化する。
ドライいちじくのぷちぷちは随所ではじけるし、アプリコットの締まりのよい酸味は、趣向を変えて盛り上げてくれる。
見た目のシンプルさと落ち着きに反して、味わいは華やかだ。
カカオの風味と、果物の甘みがループするから、飽きない。
オンラインショップは、現在はカヌレのみの取扱いのようだ。
このうなぎを捕まえるためには、浜名湖を越えて、また大阪まで行く必要がある。
かつて、芦屋のとなりにある甲南山手に4年住んでいた。
しかし、ダニエルの本店がJR甲南山手駅から徒歩数分と知ったのは、地元に戻る数ヶ月前のことだった。
灯台下暗し。
そして、姫路のご婦人に尋ねられたしまむらは、わたしが前の日にお茶を買った商業施設、テラッソ姫路の中にあった。
姫路を明るく照らそう、という意味が込められているらしい。
テラッソ姫路下も暗し。