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菩薩の心になれたのは

関東がいよいよ梅雨入りした。気圧のせいか、身体が重だるい。在宅勤務だと他人の目がなく、頬杖に足組みという半跏思惟像スタイルになりがちだ。

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(http://www.chuguji.jp/archaic-smile/より拝借しました。中宮寺の弥勒菩薩半跏思惟像。頭ががまぐちのようでかわいい。何人の修学旅行生がこのポーズで記念撮影しただろう)

会社で使っているグループウェアが大型アップデートし、メッセージ送信アプリに今更「CC」と「BCC」機能がついたので、使ってみた。営業から上がってきた商品の出荷予定数を集計して製造部門に提出するとき、CCに支店の関係者全員を入れて送信した。

しばらくして、関西にある本社製造部門の部長から返信がきた。内容はわたし宛だが、CCを入れた全員に返信している。

「〇〇の予定数、当月の数字が適当なのは今更改善できないのかな?(中略)伝票は切らんし、予定数は適当やし、どこまで適当なん?それくらいはできるやろ・・・」

便宜上、ヤマダ部長としておく。大変頭のいい方で、仕事も光の速さ。いないと仕事が回らない、と言われるくらいの超重要人物。わたしもかつて本社にいたときは大変お世話になった。

ただ、社内屈指の曲者である。とにかく口が悪い。

関西弁がどう聞こえるかはさておき、口が悪いうえに、メールでも喋り口調の言葉を送ってくる。

そして、「文章」「行」という概念がない。

「数決まったか」「まだか」「無理や」「何を言うとんねん」など、10文字以内で一突きにされる。いや、最近の10代のLINEは大変短いというから、ある意味ヤマダ部長は最先端なのかもしれない。

ただし、なんやかんやで最後は助けてくださるし、実際にお会いすると口はへの字でも目の奥は笑っていることが分かるので、わたしはそれほど苦手ではない。会ったことがないと、少々誤解されやすいタイプだと思う。

で、ヤマダ部長がCCの新機能を知ってか知らずか全返信してくれたので、わたしは思いっきり公開処刑されてしまった。

普段、こういう内容ならわたしは短気を起こして阿修羅の形相になる。仰ることは一部ごもっともで反省の余地ありなのだが、どうも部署間での認識のズレが埋まらない。そもそも適当な仕事などしていない。

しかしわたしが一番衝撃を受けたのは、公開処刑より、その内容よりもまず

「ああああのヤマダ部長が、ふふふ複数行の『文章』を送ってきた・・・」

という点だった。心臓にムダ毛でも生えたのか。ショックを受けるどころか、まずいち、に、さん・・・と行数を数え目を疑った。

7行もあった。これは相当お怒りだ。しかし、きちんと主張すべきところは主張して、誤解は解いておかないと営業にも悪い。どう返そうかな、と半跏思惟スタイルのまま思案していると、直属の課長から電話が架かってきた。

「なんかヤマダさんから変なもんきてるけど気にせんでええからな、支店全体の問題であって〇〇さんの責任じゃないし、全然気にせんでええから。まったく、言い方ってもんがあるやろ・・・」

わたしが落ち込んでいるのではないか、もしくは逆ギレして喧嘩を買うのではないか(たぶん後者)と心配してわざわざ連絡をくれたらしい。

「大丈夫です、ヤマダ部長のご指摘の内容は一部ごもっともですが、認識にズレがあるので、そこは誤解のないよう返信させて頂きます」

「そうかそうか、俺の方が(ヤマダ部長に対して)怒ってんな、それで構いません、よろしく」

わたしが比較的穏やかだったので、課長は安心したようだった。

その後、ヤマダ部長には認識の相違についてお詫びと質問をする形で全員に返信した。ヤマダ部長からは、わたしと関係者数人にだけ「基本的な考え方は間違ってないけど、この場合はこうでよろしく、しっかり管理するように!」との旨返信があった。今度は全部で5行。やはりCC機能に気づかず、うっかり全員に濃縮還元小言を吐いてしまったようだった。逆に申し訳ない気持ちになった。

翌日は出社日。出社するなり、今度は直属の部長から声を掛けられた。

「〇〇さん、昨日はありがとう、ヤマダ部長の対応。あんな言い方されたから、俺ブチ切れて勢いで2~3行書きかけてたんだけど、〇〇さんの返信見て見習わなきゃいけないなと思ったわ。でも、あれ見て『この野郎!』って思わなかった?」

この野郎とまでは思わなかったが、まず行数に驚いてカウントしたことを素直に伝えた。すると部長は「確かにヤマダさんにしては長かったな!そうか~今度から俺もまずそうやって気を鎮めよう」と表情を和らげた。

ふと思った。ヤマダ部長の関西弁を標準語に変換したらどう感じるだろう。

「〇〇の予定数、当月の数字が適当なのは今更改善できないのかな?(中略)伝票は切らないし、予定数は適当だし、どこまで適当なんだよ?それくらいはできるだろ・・・」

カチンとくる。行数を数えるより前に、ショックを受けるより前に、イラッとした。確かに、言い方ってもんが!と思う。

ひょっとして、関西弁だったから導火線に火が点かなかっただけかもしれない。関西の人にはどう聞こえるか分からないけれど、関東人のわたしには、聞き慣れている標準語の方が、内容が直接的に響いてキツく聞こえた。

いやいや、さきほど阿修羅の形相を呈していたうちの部長も八王子出身。しかも、ヤマダ部長の曲者ぶりや、文章の乱暴さにはわたしより慣れているはず。では、気の短いわたしに火が点かなかったのは、なぜだろう。




半跏思惟スタイルのおかげか。




半跏思惟スタイルで仕事していたから、わたしに菩薩の心が芽生えたのか。

きっとそうだ。形態模写、あなどれない。
だらしない勤務スタイルに見えて、実は心を穏やかにする効能が。

あとこれ、足を定期的に組み替えれば、むくみ防止、股関節ストレッチにもなりそうだ。身体がほぐれれば心もほぐれるし、心ほぐれれば身体もほぐれそう。意外と理にかなっているかもしれない。

在宅勤務に半跏思惟スタイル、悪くない(個人差があります)。

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