座り方は変えていない
そんなお口あんぐりで「ともだち!」と言われても、と思ってしまった。
会社でどなたかがおやつに配ってくれた、期間限定スイートポテト味のキットカット。
QRコードを読み取ってみたら、下記サイトが表示された。
門秀彦さんという方が、ノンバーバルコミュニケーションをテーマに立ち上げたブランドだという。ろう者のご両親とのコミュニケーションの補足として、絵を描き始めたのだとか。
このキットカットに描かれた、手の甲に手のひらを重ねるしぐさは「ともだち」を意味する手話だった。
ブラックホールのような口に目が吸い込まれ、「ほうれい線解消ストレッチしようぜ!」というメッセージに受け取ってしまった。
これは、受け手側の自意識過剰に問題がある。
ところで先日、整体師さんに「座り方変えました?お尻ガチガチですよ」と告げられた。
整体師さんは骨や筋肉が告げるサインを、みずからの指先や肘で読み取り教えてくれる。
これもまた、ノンバーバルコミュニケーションなのだろうか。
だが、座り方を変える、ということにあまりピンとこない。
正座、あぐら、横座り、体育座り。
椅子に腰掛ける、床に直座り、空気椅子。
座り方は限られているし、どれもまんべんなくやっている気がする。
体育座りと空気椅子以外は。
すこし肌寒くなってきたからといって、香箱座りとかもしていない。
心当たりがないまま、秋の澄んだ冷たい空気が心地よいので、窓を開けてみる。
近所の高校の始業終業のチャイムや、ゴミ収集車の音楽、夕散歩の犬のガウガウ声など、曜日と時を知らせる音が流れ込む。
ほどなくして、「たーけやー」と聞こえてきた。
この間延びした無感情の呼び込み、ひさびさに耳にする。いまも、金物屋の副業は続いているようだ。
そういえば昔、母が「夕方から雨が降るから、物干し竿持っていった方がいいわよ」と言った。
物干し竿ではなく折りたたみ傘と言いたかったらしい。濡れたら即干せという寸法なら、あながち間違いではない。
そんなことを思い出しながらさおだけソングを聞き流そうとしたが、ある異変に気づく。
「たーけやー さおだけッ!」
…おや?
「たーけやー さおだけッ!」
語尾がキレッキレ。
音声トラブルかと思ったが、何回聞いても、つまづきそうなブツ切り感は同じ。
そして「二本で千円、十年前のお値段です」ではなく「ステンレス製の物干し竿です」と続いた。
いつの間に変わったのだろう。
さおだけ屋も、時代に合わせてアップデートしているのか。こんなかたちで時の流れを感じさせられるとは。
もうすぐ、灯油屋の移動販売車も軽快な音楽を流しながらやってくるはずだ。
ふと、お尻がカチカチになったのは、座り方というよりも、冷えや秋冬の繁忙期を前に座っている時間が長くなったからかも、と思った。
菓子屋の最繁忙期《きよしこの夜》と《聖人バレンタインの日》は着々と近づいてくる。
キットカットで休息を。
おやつに配ってくださった方は、これをノンバーバルコミュニケーションで伝えたかったのかもしれない。
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