ポテチのディスタンス
おとなになって分かったこと、はいくつかある。
正直者は、かなりの確率で馬鹿をみる。
ストレスは、知らないうちにたまる。
物事は、正論ではうごかない。
なにごとも、バランス。
睡眠は、大事。
健康、第一。
ただ、《ポテトチップスを食べるタイミング》がいまだにわからない。
開封したら保管に気をつけないとしけってしまうし、一気に食べるには量が多いし、胃がもたれてごはんが食べられなくなるし。
だから、ポテトチップスの思い出は《5/8チップス》で止まっている。
赤と黒のインパクトあるパッケージと、従来のポテトチップスの5/8という小さめのサイズは、おぼろげながら記憶に残っている。
小さいけれど厚みはあって、とてもおいしかった。今どうしているのだろう。
なんと、20年前に終売していた。
誠に遺憾。
そんなわたしとポテトチップスの希薄な関係を打開するかもしれないのが、これである。
パキッとした青とゴールドのシンプルな背景に、黄色い円形がはりついたように浮かんでいる。
どことなく、フェルメールの《真珠の耳飾りの少女》を彷彿とさせる色合いだ。
裏面表示をみたら、カットじゃがいもの原料原産地はオランダとベルギーだった。奇遇。
《ポテトデラックス》というキャッチ―な商品名、《金貨のようなポテトチップス》という歌い文句にも惹かれ、たいそう久しぶりにポテトチップスを手にとった。
とはいえ、「いつ食べるか」という根本的な問題は解決していない。
案の定食べるタイミングを逸して、買ってからひと月が過ぎた。
ところで、今日は強すぎるほどの風が吹いていたので、クーラーを消して窓を開け放してみた。
たまには自然の風を。
たちまち、棚に貼っていたふせんが吹っ飛び、どこからかガーリックの臭いがものすごい勢いで飛び込んできた。
遠い目をして空を見上げると、見なれないかたちの雲が浮かんでいた。
飛び散るふせんとは対照的に、はりついたように全然うごかない。こんなに風が強いのに。
これは《レンズ雲》と呼ばれるもので、山を越えた風が波打ってでき、上空の風が強いときに山の風下にあらわれるという。
その名のとおり、凸レンズのようなかたちをしている。
風が波打つ波頭で発生し、動かないように見えても実際は発生と消滅を繰り返しているらしい。
なるほど、すべてつじつまが合う。
そして、空の青とはりついたような平たいかたちから、あのポテトチップスにも思いを馳せた。
早めに食べないと、油が回ってしまう。
あとめずらしく、しょっぱいものが食べたい。
機は熟した。
遠目に見たら、皿盛りのたくあんだ。
サイズ感もたくあんだ。
通常のポテトチップスの3倍だという厚みは、ボリボリと噛み応えがある。まるで乾燥したたくあんのよう。
噛み進めるごとにイモのホクホク感も戻ってくるし、塩味もほどよい。
このくらいの量なら、一度に食べきってもそこまでもたれなさそうだ。
ただ、どうしても全ての例えがたくあんにたどり着いてしまうので、本当はたくあんが食べたいんじゃないかとも思った。
風の強い夏の午後、わたしはとにかく塩味を欲している。
しょっぱいものが無性に食べたいときは、汗をかいて水分や塩分が飛び、ミネラル不足やストレスを感じているときだという。
吹き飛んだふせんを拾い集めるストレスと、もらいガーリック臭ストレスと、暑さで汗をかいたストレスと、水分と塩分不足。
なるほど、すべてつじつまが合う。
やはり適切にクーラーをつけたほうがよさそうだ。
ストレスは、知らないうちにたまる。
なにごとも、バランス。
健康、第一。
ムリは禁物。