【映画感想】『国境ナイトクルージング』国境沿いの街で出会った迷える3人の若者が、人生の「越境」に向き合う青春映画
こんにちは、電影雑記@横浜森林です。
今回紹介するのは『国境ナイトクルージング』。
中国と北朝鮮の国境沿いの街・延吉で偶然出会った3人の若者の、ともに過ごした数日間の中で生じる心情の変化や、人生に対する迷い・葛藤を描いた青春映画です。
作品情報
あらすじ
中国と北朝鮮の国境沿いにある、朝鮮族が多く住む街・延吉に友人の結婚式に参加するためにやってきた青年・ハオフォン。上海に戻る翌朝のフライトまでの暇つぶしに、現地の観光ツアーに参加したハオ・フォンだったがそこでスマホを無くしてしまう。
スマホ紛失の件でツアー会社にクレームを入れられるのを避けたいツアーガイドのナナは、お詫びとしてハオ・フォンに夜の延吉を案内してあげることに。そこに、ナナの男友達のシャオも合流して深夜まで酒を飲んで盛り上がったのだが、翌朝寝過ごしてしまい、ハオ・フォンは上海行きのフライトを逃してしまう。
途方に暮れるハオ・フォンに「どうせ時間があるなら、3人でどっか遊びに行こうぜ」とシャオが提案し、上海に戻るまでの数日間、国境沿いの街・延吉を3人はぶらぶらすることに。
目的も無く街をぶらつき、ただ一緒に過ごしただけの時間だったが、偶然出会った3人がともに過ごしたこの数日間が、迷える3人の若者の未来に変化をもたらすことになるのであった。
国境沿いの街で出会った3人の男女の、人生の「越境」に向き合う数日間の物語
上海から友人の結婚式に出るために延吉にやってきたエリートビジネスマンのハオ・フォンは、端から見たら「勝ち組」の人生を歩んでいるように見えるけども、終わりのない競争の日々に絶望を感じている。
ハオ・フォンが上海行きのフライトまでの暇つぶしとして参加したツアーでガイドを務めていたナナは、実は元フィギアスケート選手でオリンピック出場候補に上がるほどの選手だったものの、怪我によりスケートを挫折した過去を持つ。
そしてナナに好意を寄せる男友達のシャオは、故郷を離れて親戚が営むレストランで働いているが、進学せずにすぐに働き始めた自分には縁のなかった「都会の生活」といったものに漠然とした憧れや興味を待ちつつ、代わり映えしない日々を過ごしている。
彼ら3人は一見それなりに上手くやってるように見えるけど、なんとも言えない閉塞感や人生への迷い、挫折なんかを心の中にひた隠しにして生きていて、口には出さないけど
「こんな人生、こんな生き方が続くのかな?これでいいのかな?」なんてことを頭のどこかで思いながら日々過ごしてる、そんな若者たち。
口には出さないというより、口には出せない。それを口にしたら、いよいよ現実逃避の余地すら無くなりそうだし。そんな雰囲気が3人から感じられる。
出身地もバックグラウンドも違う若者が、国境沿いの町・延吉でたまたま出会い、酒を飲んだり、街をぶらぶらしたりして共に時間を過ごす中で、これまでの人生や未来と向き合い、彼らが今生きている「世界」から別の世界へと一歩踏み出すのかどうかという、いわば人生の「越境」と向き合う数日間のモラトリアムを繊細に描いている、そんな作品。
この映画を観ていて、ふと日本のドラマ『ビーチ・ボーイズ』を思い出した。
あのドラマも経歴も生き方もまったく異なる、これまで交わることのなかった二人の若者がたまたま出会い、海の家でひと夏をともに過ごす中で自身の人生、生き方と向き合い、夏が終わるとともにそれぞれが新たな人生に向けて一歩踏み出す、いわばひと夏の「モラトリアム」を描いた、社会に出た大人の「青春ドラマ」ですよね。
「国境ナイトクルージング」という邦題は秀逸であると声を大にして言いたい
SNSや映画レビューサイトなどを見てみると、どうやら『国境ナイトクルージング』という邦題が不評らしい。ちなみに中国語の原題は『燃冬』、英題は『The Breaking Ice』。
私はこの映画のエンドロールを観ながら「この邦題、かなり秀逸じゃんか!」と、邦題に込められた意味を理解して、ひとりテンション上がりまくってましたけどね。
上でも述べましたが、この映画って自身の人生に対する迷いや失望感を抱いている3人の若者が、これまで生きてきた「世界」から飛び出し、別の世界へと「一歩踏み出す」ことに対しての、感情の揺れ動きや葛藤を描いていて、3人の若者が、夜の街をぶらぶらしながら、あれこれ語りながら楽しく盛り上がっているように見えて、心の中では「自分の人生って、こんな感じでいいのかな?」なんてことを考えているわけです。
国境沿いの街のあちこちをぶらぶら巡る、といった彼らの刹那的行動だったりや、その最中に光や希望が見えない現状に対してふと沸き起こる、感情の揺れ動きや感情の堂々巡りを「ナイトクルージング」に例え、そしてそんな時間を経た後に、彼らが国境沿いの街・延吉から別の世界へと一歩踏み出すことを、「越境」や「クルージング/出航」になぞらえている、だから『国境ナイトクルージング』なんですよね。
この映画で描かれている3人の若者の「人生の越境」に向けた、数日間のモラトリアムをこの邦題は上手に表現していると思うし、この邦題を考えた担当者に「ナイスです。最高っす!」と言いたい。
「冬の延吉」の空気の冷たさが伝わってくるような音楽も素晴らしい
シンガポールのアーティスト・Kin Leonnが担当したサウンドトラックも素晴らしくて、冬の延吉の寒さを表現したかのような、涼しげでミニマムなエレクトロニカ・サウンドがかなり良いです。
冬の延吉の肌寒さが伝わってくるような音楽と映像は独特の雰囲気があって素晴らしいし、3人の若者の互いにそこまで深く踏み込まず、適度の距離感で数日間のモラトリアムを過ごす感じが、「社会に出た大人たちの青春映画」感があって、今年観た映画の中でかなり上位に入るくらい、好きな作品ですね。