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こんなはずじゃ。最初に内見した家は1億円の新築マンションでした。

よし!家を買おう!

そう思ったのは2020年の夏だった。

その春に悲しいことがあり、何をしていてもそのことを考え、落ち込んでしまうので、エネルギーを別のところに使おうと、家を買うことにしたのだ。

安心してほしい。
夫も「え?」と最初は困惑していた。
みなさんと同じリアクションだ。

さっきまで悲しみに打ちひしがれていた妻が
家を買うぞ!と急に立ちあがったのだ。
情緒不安定にもほどがあるだろう。

しかし、その頃の私は、それくらいでかいことをしなければ、降りかかった悲しみに対抗できないと思っていた。
目には目を。歯には歯を。悲しみにはマイホームを。なんじゃそりゃ。

こんなふうに思い付きで始まったマイホーム探しだったので、何から着手すればいいかさっぱり分からなかった。

とりあえずポストに入っていた家のチラシを見るも、1LDKSのSも、50平米がどれくらいの広さなのかもいまいちピンとこない。

これでは話が進まないので、気になった新築マンションの案内会へ行くことにした。

いつも乗り換えで利用する駅に
マンションが建つという。
便利という言葉が真っ先に浮かぶくらい
利便性に優れた場所だ。

こういうところに住めたら
生活が一気に華やぐだろう。
毎朝犬の散歩をして、途中カフェでコーヒーを買って、家に帰ったらヨガをして、朝から充実した時間を過ごせるかもしれない。
犬も飼っていないし、コーヒーも飲めないし、ヨガもしたことないんですけどね。

一番気になるのは価格だったが、ホームページのどこをクリックしても掲載されていなかった。そういう作戦なのだろうか。

その頃にはもう、マンションの価格が高騰していたが、小さい部屋なら私たちでも買えるかもしれない。期待を込めて予約ボタンを押した。

そして、あまり乗り気ではない夫の手を引き
、案内会へ向かった。

サザエさんに出てきそうな、感じの良いベテラン営業マンが、私たちを笑顔で迎えてくれた。
挨拶もそこそこに視聴覚室に案内された。
マンションのイメージ映像を見てほしいという。

ドキドキしながら待っていると、大画面から大河ドラマを彷彿させるような壮大な映像が流れてきた。

「こんなものを見せられたら
その気になっちゃう人もいるだろうな」

そう思いながら横にいる夫を見たら
目がハートになっていた。
まさかこんな近くにいたとは。

そこからまた別の部屋へ移動し、マンションの細かい説明を受けた。
希望の間取りを聞かれたので夫と声を揃えて2LDKと答えた。ひとつひとつは小さい部屋でいいので、ということも忘れずに伝えた。

そういうことなら、と営業マンが価格表を出してきた。

待ってました。
ずっと気になっていましたよ。
おいくらまんえんですか。

営業マンが「こちらはどうでしょうか」
と指さした部屋は

いち、じゅう、ひゃく、せん、いちおく!!!!!?????
えっ?いちおく????????

1億円だった。

横を見なくてもわかる。
夫がフリーズしている。
私もフリーズしている。
息をしているのは営業マンだけだ。

一応、ローンを組んだときの返済プランを作ってもらったが、月々の返済額がえぐすぎて笑ってしまった。
売ってなんぼの営業マンも「これは無理がありますね」と売らない方向に舵をきっていた。

そのあと、申し訳程度にモデルルームを見学した。
洗面所の大理石は見たこともないマーブル模様で、リビングは巨人がホームパーティできるくらい広かった。
さすが1億円の部屋はすごいですね、と営業マンに感動を伝えたら「こちらは3億円のプレミアムタイプのお部屋になります」と言われた。どうりで。新品の靴下を履いてきて良かった。

部屋もさることながら、この営業マンもすごかった。
私たちが1億円の部屋を買えない人間だと分かっても、最後まで邪見にすることはなかった。

このあと、内見を通して、色々な営業マンに会うことになるが、こちらの懐事情がわかるとあからさまに態度を変える人もいた。

しかし、この営業マンは態度を変えるどころか「2LDKが無理でも1LDKならいけるんじゃないですか?」と、電卓を叩きながら親身に寄り添ってくれた。いや、1LDKもいけないんですよ。

「今回ご縁がなくても
ほかの新築マンションもあるので
また是非来てください」

帰り際に、営業マンからこう声を掛けられ、この人が私たちの最初で良かったなと思った。

ほくほくしながらマンションギャラリーを出たら、そうはさせてたまるか、と夫から首をつかまれた。
あんなに値段が高いなんて聞いていない
とクレームが入ったのだ。

見た目は怖いのに、中身は優しい人がいる。
そのマンションもそういう系かと思ったが
見た目は高級で、中身も高級だった。

「ごめん」とすぐに謝ると
「勉強になったからいいよ」と言われた。

そう。ものすごく勉強になったのだ。

今まで漠然としていたマイホームが
営業マンの指南によって
はっきりと輪郭ある姿で目の前に現れた。
手を伸ばせば届くかもしれない。
夫も乗り気になっている。

この調子でこれからどんどん内見するぞ
と肩をぶんぶん回しながら帰ったが
そこから3年間
良い家が見つかっても
現金一括の人に破れたり
タイミングが合わなかったり
価格がさらに高騰したりで
マイホーム探しが困難を極めるとは
この時の夫と私はまだ知らないのである。




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