茜色のグラデーション①
第七話
(ヒロ)
午後7時。
空は既に漆黒に包まれ、まばらな街灯が道をぼんやりと照らしている。
様子を伺いにちらっと店内を覗くと、彼女は眠っていた。
そういえば、膝掛けがあったような…。スタッフルームにはゲームボードやダーツ、ビリヤード台など遊べるものから居心地が良いようにとオーナーの計らいで寝転べるソファーからマッサージチェアまである。物の多い雑多な部屋なのに、落ち着くのが不思議な場所。
その中で、朱色の柔らかそうな布を手に取り、掛けてあげようと傍に近寄ると、俺は戸惑った。彼女は泣いていたから。眠ったまま。ただ静かに。
とりあえず膝掛けを彼女の背中に残し、そっと立ち去る。見てはいけないものを見てしまったようで罪悪感が残ったが、それと同時に得体の知れない感情が湧き起こる。胸の奥が焼けるような痛みと溺れるような息苦しさ。
何だろうか、これは。
この感情から逃げたい。
咄嗟にそう思ってしまった俺は、見なかったことにしようとゆっくり身支度をし始める。その後はカウンターで窓を眺めながら彼女が目を覚ますのを待った。
…
どのくらい時間が経っただろう。
ふとまた気になって彼女を見ると、さっきとは打って変わってすごく穏やかな表情をしていた。安堵と同時に胸の奥に温かさがじんわりと広がっていく。よかった。
本当なら時間的にも起こした方がいいかもしれない。
けどできなかった。
今穏やかに眠れているのなら。
夢の中が素敵な場所であるのなら。
俺に壊す権利なんてない。
できるだけ長い間、夢の中で、穏やかに。
夢から醒めた時の現実に直面する辛さを知っているから。
彼女に自分を投影してしまっていることに気づきつつも、思考を振り切り、今の全ての感情を捨てようと努める。
他人に対する感情はほぼ全て捨てて生きてきたから。
この心の芽吹きなんて、ひと吹の風で消える。
消えないなら、摘み取ってしまえばいい。
この時は、まだそう思っていた。