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ゴースト/中央区の幻

転職先での新人いびりも、2ヶ月も経つとだいぶ落ち着きました(よかった!)。いつまでも怖い先輩もいましたが、とことんピエロに徹する事で何とか乗り切っていました。それにこの頃、仕事帰りに仲良くなった同僚と飲みに行くことが増え、だんだん調子に乗り始めてたんですよね。

上京したばかりの頃は、ひとりで都内の有名スポットを“スタンプラリー”のように巡回するのに夢中でしたが、その地味女フェーズも卒業。つい最近まで枕を濡らしていたのに、今では銀座で同僚と飲み歩いている私。ポケモンで言えば中間進化くらいの変化です。ちなみに、この頃、長年変わらなかったワンレンロングの金八ヘアにパーマをかけたら、蒼井優に似ていると言われたんですね。3人くらいに。これでますます調子に乗りました。

銀座を飲み歩いているとよく、スーツ姿のそこそこイケメン風、昔はサッカー部でした的な30前後の広告マン二人組が声をかけてきました。「うわ〜ついに私も東京女子として洗練されてきたっちゃなかと?」なんて、今年の春九州から上京したばかりの純粋でド芋な女子大生気分で浮かれ、自分ウケのモード服を一旦封印して、“ちょいモテファッション”に寄せた効果かな(たぶん違う)と、ひそかにほくそ笑んでいました。

しばらくはそんな俗っぽい夜遊びを楽しんでいたんです。早々に「自分には合わないな」と思いつつも、「ちょっと〜!そんな風に間口を狭めるのが悪いとこだよ!」と、脳内のお節介お姉さんみたいな誰かが忠告してくる。それでも楽しい日々を過ごしていたある日、すべてのタイミングを見計らったかのように、ついにキングオブ腐れ縁の彼から連絡がきました。
そう、その彼こそが「クリエイター男子C太郎君」です。

「愛Cちゃん、久しぶり。元気?」
彼、通称「クリエイター男子C太郎君」は23歳のときに福岡で出会ったWEB系のクリエイター。ここではC君と呼ぶことにします。東京から旅行中の彼と出会ったのはちょっとした偶然でしたが運命めいたものを勝手に感じていました。当時流行っていたシティボーイな雰囲気と、東京の匂いがあちこちから漂う彼は私のどツボですぐに一目惚れしました。
若さと勢いで、最初は恋人ごっこをしていましたが、一年経った頃に「ちゃんと付き合うか」という話になりました。しかし、度々彼がフリーランスになりたてで忙しく、連絡もままならないと言うのです。その言葉を信じるでも疑うでも無かった私ですが、次第にそんな彼に連絡するのが面倒になってました。遠距離恋愛が始まりかけたけど、自然消滅しました。自然の力って偉大ですね。

それからも他の人と恋愛をしつつ、時々C君を思い出すことがありました。平成の歌詞風に表現すると、C君との思い出は「ポケットにしまって」忘れようとしてました。しかし、その年のクリスマスが近づいた頃、「C君通信」が届いたんです。
えっと…あなた疎遠になったはずですよね?

それから毎年、クリスマスが近づくと「C君通信」が届くようになりました。(ここで余談なのですが、ある時、ネットサーフィンをしておりますと「ザオラルメール」という言葉でこの現象を言語化してくれる天才が現れました。私含む世のこじらせ女性達は妙に納得しスッキリしたものです…。)
C君のザオラルに対しては、既読スルーの時もあれば、食事だけは行くか、と誘いに応じることもありました。お互い何も変わらないねー、なんて会話をしながらも、この関係性の核心には触れず、体にも触れずに解散。そんなプラトニック風な「年1」の関係が続いていました。

実は私が本格的に上京すると決めた時に、真っ先にC君とはもう会わないでおこうと考えてました。現にかりそめの出会いだったとしても、中央区で浮かれた日々を過ごしていましたし(港区とか渋谷区じゃなく)。ところが、上京して初めてのクリスマス前、またしても「C君通信」が届きました。令和だってすぐそこまで迫っているというのに…。

さすがにもうブロックしようかと思ったけど、ライトなメッセージのやり取りが続き、気づけばディナーの約束が決まっていました。久しぶりに話したC君は、なんだか「そろそろどう?」という無言の下心が透けて見えて、いくら草食系ぶってもさすがに白々しい。でも、その白々しさが逆に面白いのと、東京に住む者として同じ目線で会話をしてみたい気持ちがあったのかもしれませんね。

C君。今だから正直に言おう。君は私がどん底のどん底まで堕ちる日が来るまで取っておきたかった最後の切り札だ。君にとっての私もそうなら、どうしようもないジョーカー同士だったね。でも、あの時なんだかんだで「これは悪手じゃない?」と思いつつ、ドキドキする自分を止められませんでした。何かを期待するフェーズはもうとっくの昔に過ぎているのに。

本格的に寒くなってきた夕暮れ、新中野駅に足早に向かって集合場所へ。足取りは実に軽やかなものでした。

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