見出し画像

日記【適応障害で休職中】#16

つぶやきもして記事も書くなんて、今日は発信したい日なんだろうな。
休職直後から今に至るまでの体調や気持ちの変化を整理したくなった。

・6月中旬~(休職1か月目)


とにかくしんどかった。
シャワーも2・3日に1回とかの頻度でしか入れず、鬱々とした気持ちが続いていた。

休むことに対しての罪悪感もひどく、何をしてもそこまで楽しくない、無気力な状態が続いた。ショッピングモールに行っても、情報量が多すぎてしんどくなってしまう。吹き抜けのところから落ちたらどうなるかなとか(これを希死念慮っていうのかな?)考えるようになり、そういったところを歩くのが怖くなった。

適応障害になってから、電車に飛び込む人の気持ちが非常に分かるようになった。本当に、線路がキラキラして見えて吸い込まれそうになるのだ。
1人で行動するのが怖く、1人でいるのも怖いので、病院に親が付き添ってくれていた。

1人で行動することが少し怖くなくなってからは、パートナーと出かけに行ったりしていた。映画を見に行ったが、面白いとは一ミリも思えなかった。病気になる前や休職直前にも映画が好きで見に行っていたが、今まで感じた事のない映画を見ることに対しての面倒くささを感じた。

屋内×人が多いところはしんどくなってしまうということに気づき、外に出かけるのも屋外で食べ歩きとかをパートナーと楽しんでいた。
7月頭になると少し、前向きなことを考えられるようになり、生活が楽しいなと思えるようになってくる。
オセロにハマってみたり、スマホゲームにはまっていたような気がする。

・7月中旬~(休職2か月目)


ぬり絵にハマり、字が読めるようになってきたので読書もしていた。
恐らく、7月から8月の頭のどこかでnoteを始めた。今となれば、本当に始めてよかったなと思う。休職する前よりもタイピングが早くなり、ブラインドタッチを習得する事が出来たからだ。文章を構成する力や自分の文章の癖にも気づくことができた。思いを文にすることで、自分の気持ちを昇華することが出来る。素晴らしい世の中だ。

あんまり覚えていないのだが、このころから仕事がしたいなと思えるようになってきた。

仕事がしたいと思っても、元いた部署に戻ることは到底考えられなかった。自分が周囲にされてきたことを訴えるためにも休職前のことを少しずつまとめたりしていた。
まとめる作業をしている時は職場のことを思い出して、しんどくなるが作業を続けるということを繰り返していた。

そして、公益通報窓口に相談をして、人事部に報告が上がり、人事と面談をすることになった。
公益通報窓口に相談した時は涙は出なかったのだが、人事に相談した時は怖くて落ち着かずそわそわしてしまった。自分が辛いと思った場面、休職になってしまった上司の一撃の言葉を話し出すと涙が止まらなくなってしまう。

異動のために動いていた休職2か月目だったなと思う。すごく、緊張したし、何でこんなことをしなければならないのかと悶々とした。
人事と面談をした後は、話に行けてよかったと思えた。一仕事終えられてよかったなと強く思った。
気持ちが一定だったかと問われれば、そんなことは無い。上がったり下がったりだったなと振り返れば思う。

・8月中旬~現在(休職3か月目)


8月中旬からは旅行をした。すごく楽しかった。台風で予定を変更せざる負えなかったが、それも含めて良い社会勉強になった。

このころから、人と話したいという気持ちが出てきた。
仲の良い同期や友人に片っ端から連絡をとり、電話の約束を取り付けていた。同期と電話をすると1時間半を超えることが多く、話していると時間があっという間に過ぎてすごく楽しかった。
私の最近の近況や同期の仕事の様子を聞いたりと、たくさん話した。
仕事の話をして大丈夫と心配してくれたが、みんなが話している話を聞いていると元気になれる。そういう気遣いが自然とできる同期に囲まれて、非常に嬉しい。

人事から異動の件についての厳しめのメールが来たときは非常に落ち込んだ。このことをカウンセラーさんや主治医にも話した。
主治医はめっちゃ怒っていた。怒ってもらえたことで、私の捉え方がおかしかったんだという気持ちが和らいでいった。同期や友人、家族も主治医と同様の反応を示しており、うちの会社の人事ちょっと大丈夫かなと思った。
転職は考えているかと問われたが、辞める勇気もないし、もう少しこの組織で仕事をしてから転職という考えしか浮かばないので、それは考えていないと答えた。
このメールが来てから、午前中が使い物にならなくなる瞬間が多くなった。
自分がいけないんじゃないか、自分がこうしていればよかったんじゃないかと反芻してしまうことが増えた。
その中でも上向きになっていることがある。
前までだったら、ダラダラしている自分やYoutubeを幾度となく見ている自分に自己嫌悪していたが、最近は開き直るようにしている。

休職直後からの東東東北を振り返ってみた。
波はあるけれども、右肩上がりで回復しているのではないかな?
以前、同期と電話した時に自分が頑張らなきゃ、復職してもしっかりやらなきゃという言葉を言った。こういうことを言っているから、自分の首を絞めてしまうんだよねと冗談で言ったら、同期から「東東東北は十分頑張っているし、最初は時短からなんじゃない?そんなこと言っちゃ、ダメダメダメ(笑)」と普通に話してくれた。

人生いろいろあるよね。
適応障害になって休職したという経験が、後々の人生にいい影響がありますように。

読んでいただきありがとうございました。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?