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いつの時代も人は料理に愛を求める

 昨年9月に東京ビッグサイトで行われた「惣菜・デリカJAPAN」で、群馬県富岡市に本社を置くIHIエアロスペースが3Dフードプリンターのデモンストレーションを行いました。

 3Dフードプリンターとは、ペーストに加工した食品を3Dプリンターのインクとして用い、食べられる立体構造物を自在に作り出す装置です。

    従来の食品製造装置と違うのは、高い汎用性です。これまではケーキを作る装置ではケーキしか作れませんでした。しかし3Dフードプリンターではアタッチメントを替えたり、材料となるフードインクを替えることで、ジャンルにとらわれない様々な料理を作ることができます。
 

 3Dフードプリンター自体はかなり前から研究されていて、その基本的なコンセプトは早くから出来上がっていました。

    しかし、初期の構想では、上の図のような、家庭にあるプリンタのように「3Dフードプリンター」という一台の装置を想定していました。

   ところが、3Dフードプリンターの活躍が期待されている宇宙空間を想定した場合、それではダメだということに気がついたのです。

宇宙の3Dフードプリンター

 宇宙ロケットに積み込める重量にはかぎりがあります。できるだけ軽いほうがいいのです。「ミシンがいるよね」「溶接機は絶対必要!」「電動ドリルもいる」なんて、生活機器や作業用機械をすべて打ち上げるわけにはいきません。

    宇宙ではできるだけ汎用性のある機械(ロボット)がいいのです。溶接もできるし、アタッチメントを取り換えればドリルにもなる。ミシンにもなるし、ミキサーとしても使える! そんな機械(ロボット)が理想です。

  「惣菜・デリカJAPAN」でIHIエアロスペースが披露した3Dフードプリンターは、協働ロボット(人と同じ空間で作業ができる多機能産業用ロボット)のアーム部分にジェットディスペンサー(シリンジ(注射筒)やタンク等に入った液剤を対象物に吐出する装置)を取り付ける方法を採用しています。実際に造った料理は、煮物風ジュレやフルーツの盛り合わせなど4種類です。

 シリンジには4種類のフードインク(食材)が層になって入っていて、下から順番に吐出していくことで、立体的な料理を造ります。ディスペンサーの先端でフードインクが固まらないように、時々ディスペンサーの先端を自動で拭きます。

    また、作業の途中や最後に、必要に応じてヒーターで加熱します。これによって料理の造形から加熱調理まで3Dフードプリンタだけで完結します。

先ずは重力

   将来的には、宇宙空間で揚げる・煮る・蒸す等、色んな調理方法が実現するはずです。しかし、無重力状態では液体の対流が起きない等、いくつものハードルがあります。

    したがって、揚げる・煮る等の調理を宇宙空間で行うには、地球上と同じ重力空間を作りだすか、無重力環境でも調理可能な、まったく新しい技術・装置を開発するのか、そのどちらかを先ずクリアしなければなりません。

3Dフードプリンターでできること

 3Dフードプリンターの真価は、ただ調理するだけではなく、料理に色々な付加価値を付けられる点にあります。例えば食感や形状を調節することで嚥下食を作ることができます。特定の栄養素や治療薬を足すのも簡単です。

 また、食材で作るQRコードを料理にプリントし、特定の光を当てることで読み取ることもできます。これによりトレーサビリティや表示が義務付けられている情報(原材料や賞味期限)を包装ではなく食品自体にインプットできます。

個別保健食への活用

 さらに、近未来では3Dフードプリンターが個別保健食の作成に利用されるでしょう。

 個別保健食を作るには年齢、性別、遺伝情報、病歴、運動量、現在の健康状態・精神状態などの個人データと、料理の好みを入力し、体質や遺伝子型に合わせて減塩や特定の栄養素を増減します。「消化しやすい」「適度に歯ごたえがある」あるいは「流動食」などの情報も追加し、その人専用の健康料理が提供されます。

 個別保健食は現在でも作ることができますが、健康状態の計測や調理に手間がかかるので、毎日・毎食となると現実的ではありません。

    将来的には各種センサーや空間センサーを用い、椅子に座っただけ、あるいは部屋に入っただけで健康状態・精神状態などが計測され、その人に最適な料理をAIが考え、即座に3Dフードプリンターで作るようになるでしょう。

3Dフードプリンターの先には
 実は3Dフードプリンターは本命技術ではありません。この分野の本命技術はレプリケーターと呼ばれる装置です。

   レプリケーターはアメリカのTV番組、スタートレックシリーズや2016年公開の映画「パッセンジャー」等、SFに登場するフードディスペンサーです。

レプリケーター

    前述のドラマや映画では、音声で注文するだけで瞬時に料理が食器ごと出来上がります。AIを搭載したレプリケーターは分子を原料として料理を作るので、食器も同時に作ることができます。

   もちろんSFの話なので、現時点ではまったく実現していません。しかし、現在実用化されている技術の多くはSFからスタートしているので、レプリケーターも必ず実現すると筆者は信じています。

24世紀

 スタートレックではレプリケーターは24世紀に実用化されたことになっていますが、これが実現すると社会全体の仕組みが変わってしまうほどの大発明です。

    分子から物体を作り出せるということは、物体を分子レベルに分解できるということです。そうなれば、食材や食器を蓄えておく必要がありません。食べ残しやごみも分子レベルまで分解すれは再利用が可能です。もちろん食品だけではなく、ほとんどの物質を分子を原料として作れます。

    ということは、金や銀も簡単に作れます。そうなれば貨幣経済は崩壊します。また、物質を分子レベルにまで分解できる技術があるのなら、フードディスペンサーより先に兵器が登場するでしょう。それが人類です。

手作り料理職人

 3Dフードプリンターに代わってレプリケーターが登場する時代には、科学は今よりも大きく進んでいるはずです。現在のハワイ旅行ぐらいの感覚で宇宙旅行もできるでしょうし、異星人と遭遇しているかもしれません。自動車に代わる交通手段も、アンドロイドも登場しているでしょう。

 そして、生活のために人が調理することはなくなります。例外として、趣味としての手料理と、一部の特別な人が食べる「手作り料理」は存在する可能性はあります。そうであればごく少数ですが料理人は存在するでしょう。現在の手すき和紙職人さんみたいなものですね。

それでも人は料理に愛を求める

 レプリケーターで料理を作る時代には、レストランはなくなるでしょう。家庭でも生活のために人が料理を作ることがなくなるはずです。しかし、それでも(それだからこそ)レプリケーターで作るよりもはるかに面倒な「人」が作る料理を求める人が必ずいるはずです。

    なぜなら、そこに人類が普遍的に求め続ける「他人と係わることで生ずる精神的高揚と安定」=「愛」がある(と信じ込んでいる)からです。

人は自分勝手に愛を享受する

    生身の人が作る料理を食べることができない庶民は、レプリケーターで作った料理を食べるしかありません。ならば、庶民は愛情たっぷりの手料理というものを食べることができないのでしょうか?   

    ご安心下さい。人類はいかなる状況においても自分勝手に「愛」を享受する生物です。誰がレプリケーターに調理を命じたのか、誰と食卓を囲むのかに「愛」を感じるでしょう。

料理は愛

    実際には誰がレプリケーターに調理を命じても出来上がりは同じですが、『ああ、彼が私のために「牛丼特盛、ツユだくで」と、レプリケーターに命じてくれたわ』と、そこに愛を感じるのです。当然、自分で注文したものとは味が違います(違うように感じます)。

    また、自分がレプリケーターにオーダーした料理でも、家族そろって食べるとよりおいしくなるでしょう。家族で囲む笑顔の食卓には「肉親の愛」が溢れている(という言い伝えがある)からです。古典的な言葉ですが「料理は愛」なのです。

   でも、AIが3Dホログラムで疑似家族を作り出せば独りでも大丈夫そうですね!

 勝手にご飯映画祭④は、リオネル・ジョスパン元フランス首相の母の実話から生まれた感動作「92歳のパリジェンヌ」のリオレ(riz au lait)を妄想します。
▶なぜ リオレなのか?
▶老いるとは?
▶自分らしく人生を終えるとは?
▶その時、家族に何ができるのか?

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