「急かされたら詐欺」原則~国際詐欺?顛末 (4)
自称スロバキア人・アダムが、銀行から持ち出した金地金を日本に送って売却・換金したいと言ってきたのに対して、私はコンサルタント料(市場調査費)として2,000USDの着手金を送金するよう打診した(前の投稿参照)。
私は主に東南アジアと日本を対象に国際的な事業のコンサルティングをしている。日本との間での物品の輸出入の相談も業として受けている。本件も「スロバキアから日本向けの金地金の輸出(日本への輸入)」案件として、規制法令や手続きがどうなっているか、ノックアウトファクターがないかなどを調べて事業の実現可能性を探る実務(F/S)の依頼として、着手金の送金を打診したものだ。
これで返信は来なくなるだろうと思っていたら、わずか4時間後に返信が来た。この後もそうなのだが、アダムからの返信は早い。長いEメールだ。
冒頭の部分をそのまま載せる。
要するに、「人生経験から、親しい人たちの間でも、誰かがうまくやっていることを妬んで、その人の計画を邪魔するようになることがあることを知った。だから私は、親しい人たちとではなく、私を裏切ったり計画を邪魔したりする理由がない人の協力を仰ぐことにした。私は親しい人たちにはこの金地金のことを秘密にしておきたい」ということだ。
見てのとおり、文頭を大文字にしていない、すべてカンマ(,)で区切っていてピリオド(.)を使っていない、1人称主格の "I" を小文字で表しているなどの特徴がある。これら英文の句読法の乱れ、綴りの誤り、文法の誤りも、詐欺メールのレッドフラッグの一つである。
とはいえ、相手はスロバキア人なので、英語ネイティヴでないとするなら、これらの誤りは不自然なことではない。むしろ、機械翻訳では主格の ”I” が小文字になることはないだろうから、英語ノンネイティヴが頑張って英語の文章を書いている感じはする。
人の頭の中には、一瞬一瞬でいろいろな思いや考えが去来するものだ。知らない相手からメッセージと届いた時はなおさら、相手の人物像や意図を汲み取るため、あれやこれやといろいろなことを感じ、想像し、打ち消し、迷うものだ。
この心の動きが、自我消耗を生む。ぐるぐると結論の出ないことを考えあぐねることが人を疲れさせる。疲れていると、何事においてもミスが増える。心理学上の「自我消耗仮説」でいうように「有限である判断力が消耗して鈍る」のかどうかは知らないが、あれこれと思いめぐらせなければならない事項について、考えるのが億劫になることがあるのは、多くの人にとって経験上明らかだろう。
国際詐欺の被害実態は、単に大金や色恋に目がくらんで判断が鈍ったということでは片づけられない。相手の表現が拙いような場合に、表現したいのであろうことを誠実に解釈してやろうというある種の親切心から、あれこれ考えて自我消耗を起こし、判断力が低減してしまうことも加味されなければならない。「マジメな人ほど詐欺に引っかかりやすい」という印象批評の実相は、そのようなことだ。
私の心の動きは、「句読法などの誤り=詐欺メール認定のレッドフラッグ。しかし、ノンネイティヴが英語でコミュニケーションをとろうとしてくれているのだから句読法の誤りなどは致し方ないところもある」というものだった。これは、既にしてアダム側に都合の良いように解釈してやる萌芽だといえる。私はEメールの内容を誠実に好意的に読み取ろうとしすぎている。これを自覚していないと騙されることになる。
Eメールの内容に戻ろう。
前のEメールで私がした質問に対する回答は、以下のとおりだった。
金地金は、24Kのインゴッド(延べ棒)か。
→そうだ。全部で何kgあるか。
→300kgインゴットは何本あるか。
→回答なし今、どのように保管しているのか。
→自宅(my house) の地下倉庫に隠している。金地金の写真を送ってくれ。
→写真は送るつもりだが、その前にパスポート、公的な身分証明書、運転免許証などのIDのコピーを送ってほしい。IDのコピーを送ってくれたら、それを金地金の上に置いて写真を撮って送る。金地金が私の監督下にあることをわかってもらえるようにする。輸送は何回で行うのか。
→1回で送る。航空便で2日間で日本に届く。金地金を送ると言って、もし違法薬物や武器などを送ってきたら、受取人の私が逮捕されてしまう。どうやって配送品が金地金であることを保証するのか。
→事前に金地金を送るという契約を結ぶ。AWB(航空貨物運送状)にもパッキングリスト(梱包明細書)にも「金地金」と記載する。輸入禁制品を記載したら、逮捕されるのはあなたではなく私だ。輸入禁制品を送ることはできない。マネーロンダリングのようにみえる。リスクがあるので事前に調査をする必要がある。
→金地金であって現金ではないのでマネーロンダリングに当たらない。だからリスクはないので、調査も必要ない。調査費用として、2,000USDを事前に送金してくれ。
→2,000USDを送ることはできるが、銀行から金を持ち出すために資金を使ってしまったし、自分の目の手術をした費用がかかったし、今後の輸出手続きのために手元に資金を残しておきたい。だからこそ、日本で金地金を換金してこれまでに投じた資金を回収したい。換金できたら30%をあなたのコミッションとして渡す。金地金を日本に輸入するには、税関申告をする必要がある。そちらが輸出に際して「外交クーリエ便」を使って申告や納税を避けるのは勝手だが、こちらは日本での手続きはきちんとやる。そのために貿易取引の契約書を作れるか。
→もちろんだ。契約書のドラフトを作って送る。
税関申告などの輸入手続きについては心配しなくていい。外交クーリエ便であなたの家に直接届く。すべての輸入手続きはプロフェッショナルな外交クーリエ便の会社とその日本側エージェントが行う。
金の延べ棒300kgか。そんなものが私の日本の自宅に届いたら物騒だ。タダで全部くれるとしても自宅には届けてほしくない。マネーロンダリング云々も問題だが、それ以上に自宅に金塊を届けるのはやめてもらいたい。
このように「金地金300kgが自宅に届いた場合の厄介さ、危険さ」を想像するのは自然な反応だろう。
しかし、この心の動きこそが、詐欺に引っかかる端緒になるのだ。
ありもしないことと知りながらも、もしあったらどうするかと考え始めてしまう。最初は警戒心から「そんなことになったら××という不都合が起こる」と先回りすることから始まる。ところがそれは、「××というリスクと、〇〇というリターンを比較する」というプロセスへの第一歩でもある。そこから「〇〇というリターンがあったらいいな」という想像に変わっていく。この「あったらいいな」から、「あってほしい」「あらしめたい」に変化するのはたやすい。国際詐欺(だけではなく詐欺一般)には誰でも引っかかる可能性がある。「引っかかるのは自分とは違うアホな人」とばかり言ってはいられないというのは、そういうことだ。
アダムは、私にIDのコピーを送ることと、あわせて電話番号を教えてくれと執拗に催促してきた。そして、ここでスロバキア政府発行のIDカードの画像を送ってきた。
危ない。返報性に流されてはいけない。アダムが勝手にIDを送ってきたからといって、私が自分のIDを送り返す理由にはならない。
IDによると、アダムは1945年生まれで、78歳ということだった。70代の人の白内障発症率は、それが大事に至るかどうかは別として、80%を超える。なるほど、眼の手術をしたというのも頷ける。
危ない、危ない。
またアダムのストーリーに納得している私がいる。詐欺師がアダムというペルソナを創っているなら、整合性のある話になっているのは当たり前なのだ。こういう小さな「納得」を積み重ねてしまうと、自分の中で勝手に相手への信用、信頼が高まってしまうから気をつけなければならない。これは、単純接触効果なのかもしれないし、一貫性の原理の発現かもしれない。
アダムは、「朝一番でアムステルダムに向けて経つ。電話番号を教えてくれたら電話する」と言っている。ここまで、金銭の要求はなく、ID、金地金の送り先となる住所、電話番号を執拗に訊いてきているだけだ。まずは最低限、個人情報詐取(Phishing)の目的を果たそうという意図か。
いずれにしても、アダムは私にIDなどの情報を早く送るように急かしている。基本的に、こちらのアクションを急かしてくる人は詐欺だというのが私の行動原則だ。この点でも、アダムのEメールにはレッドフラッグが上がる。
当然ながら、アダムからの要求には答えないとして、こちらからの2,000USDのコンサル料の要求については値下げしてやることにした。
私からの返信の細かい内容は次回投稿で記す。