声・靴・はじまり(改訂版)
舞台中央 独白 スポットライトの下 男はギターを抱えている。
男 「ーー僕はずっと、ある女の子を探している。。君は、いったいどこにいるの?」
(暗転)
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ライブハウスの楽屋 夕方。
男 「僕は、自分で歌を作って、ライブハウスで歌っている。ギター1本で、弾き語っているんだ。人生はうまくいくことばかりじゃない。だから、僕のテーマは、『こころのなかの古い傷痕』や『果たせなかった約束』、そして『今も残る後悔』だったりする。。
うん。一生懸命歌ってる。
僕が一生懸命歌うと、聴いてくれる人たちも、一生懸命に聴いてくれるから、嬉しいんだ。
ただね、いつからか、歌い出してしばらくすると、どこからか、女の子の泣き声が聞こえるんだよ。」
女の子の声(どこからか聞こえてくる)
「(泣き声で)どうかわたしを探して。。そしてわたしを見つけて。。」
男 「泣きながらそう言っている女の子の声が、たしかに、聞こえるんだよ。どこから聞こえるんだろう。そして、いったい誰なんだろう。。。」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
舞台中央 スポットライト ワンピースを着た中年の女が立っている。
女 「わたしはライブハウスが好きなの。ライブハウスは暗い。観ている人たちは、みんな、アーティストのほうを向いている。だから、わたし、一人になれるの。『深呼吸』しやすいわ。普段のわたしを忘れて、何者でも無い自分に、戻れるんだ。
一人だけの空間。非日常。それは、アーティストとわたしだけの『異空間』でもある。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
(すぐに転換)
女の子が住むおうち 朝。
女の子 「ばあや、ばあやったら、どこにいるの?」
ばあや 「はい、はい、お嬢様。ばあやはここにおりますよ。」
女の子 「きのう届いた薔薇のお花のお薬が無いのよ。どこに置いたかしら? 早くかけてあげないと、薔薇のお花が青虫だらけになってしまうわ。」
ばあや 「あれ、どこにいったのでございましょう。今朝、たしかこの辺で見ましたような。。。」(と云いながらあちこち探す)
女の子 「困ったわねぇ。どうしましょう。」
ばあや (ようやく探しあてて) 「おぅおぅ、ございましたよ、お嬢様。」
女の子 「まぁ、嬉しい。あったのね。どれ、貸してごらんなさい。」
ばあや 「はい、お嬢様。」
女の子 「これ、これ、これよ! 早くかけてあげないと。」
女の子は、室内履きのまま、庭に降りる。
女の子 「さぁ、薔薇さんたち、お待たせ! お薬をかけてあげるわね。これさえかければ大丈夫よ。安心してね。」
女の子は、噴霧器に入った薔薇の薬剤を、お花一つ一つに、話しかけながら、丁寧に噴霧する。
女の子 「さぁ、これで良いわ。(お花に向かって) みんな、もう安心よ。良かったわねぇ。」
女の子は、室内履きのまま、また、部屋に戻る。
女の子 「まったく、不便だわ。室内履きのままお庭に降りると、お部屋に戻るときに、室内履きの底を拭かないといけないのよ。」
と、云いながら、いまいましそうに室内履きの底を乾いた布で拭く。
ばあや 「そうでございますねぇ。ご不便でこざいますねぇ。」
女の子 「あぁ、わたしには、『靴』が無い。『靴』が無いのよ。他はなんでも揃っているというのに。『靴』だけ、無いのよ。どうしてなんでしょう。」
(暗転)
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ライブハウスのなか
女 「わたしは、『彼』の『声』が本当に好き。今夜もまた、『彼』の『歌』を聴きに来てしまった。この下北沢のライブハウスで、『彼』と出会って、もう、一年以上経つ。最初は、こわごわ来ていたライブハウスも、今はもう、すっかり慣れたわ。
『彼』の『声』は、まるで魔法のように、わたしの『こころの扉』を開ける。わたしのこころのなかには、今まで気付かなかった世界のイメージが広がってゆく。そうして、満たされゆくのがわかるの。。
『彼』は、泣きそうな顔をして歌うのよ。それがとても魅力的。うふふ。内緒よ。」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ライブハウスの舞台の上から、お客さんに向かって、男が話しかける。
男 「僕は『嘘つき』です。僕は、どこかに『ほんとうの自分』を置いて来てしまった。。探したいんです。『ほんとうの自分』を。だから、今日もこうして歌うんだ。」
ライブハウスのフロアで、女は舞台の上の男を見上げている。
女 「『彼』が『嘘つき』でも、わたしは気にしない。わたしは、『彼』の『嘘』が、きっと、好きなんだと思う。
何故って、わたしも、『嘘つき』なんだもの。わたしも、どこかに、『ほんとうの自分』を置いて来てしまったんだとわかってるから。
わたしだって、本当は、泣きそうなんだ。内緒だけど。。」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
女の子のおうち
女の子 「わたしのお庭、とてもきれい。(うっとりしている) 薔薇の季節は特に、ね。この季節が、わたし、一年のうちで一番好きよ。ここは『秘密の花園』なの。壁の向こうには何があるか、なんて、本当に、もう、どうでもいいことなのよ。
あぁ、この花園を、誰かに見せたいものだわ。出来たら、好きな人にね。ふふふ。」
ばあや 「お嬢様、お薬の時間でございますよ。」
女の子 「お薬、お薬、って。。いい加減うんざりだわ。わたしはどこも悪いところなんて無いのに。。」
そう云いながら、ばあやから渡された白くて丸いお薬を、白いマグカップに入ったお白湯で飲む。
ばあや 「ああ、お嬢様が、今日は大人しくお薬を飲んで下さった。良かった。良かった。」
女の子 「ねぇ、ばあや。」
ばあや 「はい。お嬢様。なんでございましょう?」
女の子 「聞こえるでしょ?」
ばあや 「は?」
女の子 「また、あの、男の人の声が聞こえるでしょ?」
ばあや 「はて。わたくしには、何も聞こえませんが。。」
女の子 「もう、ばあやったら。あんなに大きな声が聞こえないなんて、そんなこと、『嘘』に決まってるわ。」
ばあや 「本当でございますよ、わたくしには何も聞こえません。」
(暗転)
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
女が舞台中央に立っている。スポットライトが当たっている。
女 「苦しい。これでもわたしは生きているんだろうか。わたしは、自分が本当に自分なのか、よくわからないの。
あぁ、この違和感は、ずいぶん前からずうっとあるの。そうして歳を重ねるごとに、どんどん大きくなって来るような気がする。
わたしは、『彼』の『声』を聴いている時だけ、『呼吸』が楽に出来ている。どうしてなのか、自分でもわからないけれど。。」
(暗転)
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
男が舞台中央に立っている。スポットライトが当たっている。
男 「今日も、僕は歌う。僕が歌い出すと、何人かの人たちがハンカチで涙を拭っているのが見えるんだ。目を瞑って聴いている人も居る。僕の歌を受けとってくれているのがわかるから、僕は高揚して、自分の感情のすべてを、お客さんに捧げることが出来るんだ。
でも、それだけでいいんだろうかって、このごろ、思う。僕は、『ほんとうの自分』をどこかに置き去りにしたまま、歌い続けているだけなんだ。何も、解決なんかしていない。
上手に笑顔を作って、お客さんを喜ばせているだけで、自分は結局どこにいるのかさえ、わかっていないんだよ。。
あ、また、あの泣き声が。。聞こえてきた。」
(暗転)
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
女の子のおうち もうすぐ夜
女の子 「明るいうちは良いの。お庭が見えて、お花たちがわたしに笑いかけてくれるから。だんだんお陽さまが傾いて来て、夕焼けが終わってしまうと、もう、こんな風に暗くなって来る。そしたら、もう、駄目。わたしは悲しくなってくるの。
だって、わたしには、お庭があるだけ。『靴』が無いのよ。ここに座っているだけなの。どこにも行けないんですもの。
だから、ずうっと泣いて、泣きながら夜を過ごすのよ。
誰か、どうかわたしを探して。そうしてわたしを見つけてどこかに連れ去ってって、祈りながら。。」(泣く。)
(暗転)
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
男はギターを背中に背負って舞台中央に居る。うろうろと歩き廻っている。明かりの点いていないミラーボールが、舞台の上手の方に下がっている。
男 「今夜こそ、僕は、あの泣き声の女の子を探し出してやる。ひと晩じゅう歩き廻っても、きっと、見つけてあげる!
もう、君が泣き続けなくても良いようにしてあげる。君が泣くのは今夜でおしまいだ。きっと僕が見つけて、君を抱きしめてあげる!」
(暗転)
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
女の子のおうちが、舞台の下手から移動して現れる。部屋の真ん中で、女の子が泣いている。
男 「あの家だろうか。。あの家から、泣き声が聞こえて来るような気がするんだけどなぁ。。」
男は、女の子のおうちの入口まで行き、耳を澄ます。
男 「聞こえる。やっぱり、あの子の泣き声だ。。この家に違いない。」
男は、玄関に近づき、真鍮製のドアノッカーをコツンコツンと二回叩く。
ばあや 「はい。どちら様でしょうか?」
女の子 (泣きながらも)「ばあや、ばあや、あの方なの。いつも、歌って下さる素敵な『声』の方よ。大丈夫、わたしが知っている方だから。入って頂いて。」
ばあや 「はい。」(玄関を開けると、ばあやはすぐに退場する)
男は部屋に入り、女の子を見る。
男 「僕は、僕は、君を探し続けて、そうして、やっと、君を見つけたよ。もう、泣かないで。」
女の子 (泣きながらも男に笑いかけて)「ありがとう。見つけてくれて。わたしはずうっと待っていた。素敵な『声』の貴方が来てくれることを。」
男は、女の子に近寄り、ポケットからハンカチを出して、サッと振り、埃を取るような仕草をしたあと、女の子の頬の涙を拭ってあげる。
女の子は、嬉しそうに応じて、男の胸に顔をうずめる。男は、躊躇しながらも、しっかり、女の子を抱きしめる。
その後、二人は、楽しげに歓談を始める。男は、ギターを取り出して、「歌」を歌い出す。女の子は嬉しそうに「歌」を聴く。二人は昔からの知り合いのように、話が尽きない。ずっと話している。
そのとき 舞台上手から女が登場する。楽しげな二人にはまだ気づいていない。
女 「苦しい。わたしは、きっと、『嘘』を付き続けているから苦しいんだわ。『彼』の『声』を聴いているときだけは、自分に『嘘』を付いていないのかもしれない。
あら?(話し込んでいる二人に気付く)
あの二人。。 どうして?」
男 『僕』は、『君』と話していると、こころが落ち着いてくる。自分に『嘘』を付いたり、余計な社交辞令を言ったりしなくても済む。作り笑いをしなくても、『君』は『僕』を『好きだ』って言ってくれそうな気がするから。」
女の子 「そうね。わたしもよ。貴方に逢えて本当に良かった。とてもとても嬉しいわ。」
女が二人に近づく。 話しかける。
女 「今晩は。」
男 「あれ? あなたは。。どうしてここが分かったんですか?」
女 「どうして分かったかって。。」
(言葉を失う)
女の子 「この方は、わたしの生活のお世話をして下さっている方です。いろいろ親切にして下さるんです。」
男 「お知り合いなんですね。」
女 「お知り合いって。。」
(また言葉を失う)
(決め台詞的に)
「『その子』は、、、『わたし』なんです。」
女の子と男、同時に、
「え?」
女 「その子は、『若いころのわたし』です。わたしがとっくに棄ててしまった『ほんとうのわたし』なんです。」
女の子と男は、驚きを隠せない。
女 「わたしは、若いころに、その子を、こころの片隅に置き去りにして、封印して、ここまで、歳を重ねて来たのです。その子は、枠のなかにはまりきれない、自由奔放な発想をする、非常識な子なんです。そんな『ほんとうのわたし』を、わたしの母は、とても嫌っていました。
わたしは、母に愛されたいために、『そんな非常識な子』なんか、『愛されるべきわたし』には要らないんだと、自分から、棄ててしまったんです。
その子は、わたしから見たらとても愛しいのだけれど、母にとっては『存在してはいけない子』だったんです。」
女の子 「そんな。。わたしは、ちゃんと居るのに。。」
女 「あなたは、存在している。今は。。それは、わたしが、彼の『声』を受け取ったから。。そうして『深呼吸』が、出来たから。。」
男 「僕の『声』を、受け取ったから?」
女 「ええ。わたしは、貴方の『声』から、貴方の剥き出しの『感情』を受け取って、今まで『ほんとうの自分』に『嘘』をつき続けて来たことを、やっと、思い出せたんです。
ライブハウスの暗闇の中で、貴方の『声』とわたしの『思い出』とが呼応して、ミラーボールの光の下に、『在るはずのない世界』が生まれたのかもしれません。その『顕れた世界』で、『ほんとうのわたし』は、ようやく、『深呼吸』が、出来たのです。」
女の子 「わたしは、ずうっと泣いていた。淋しくて。。『靴』が無くて、どこにも行けなくて。。」
女 「あなたの『靴』は、わたしが持っているの。あなたがどこにも行けないように。(バックの中から小さな靴を取り出して、女の子に見せる)これがあなたの『靴』よ。さぁ、どうぞ。」(と云いながら、靴を返す)
女の子 (とても喜んで)「『靴』だ。。やっと、手に入れることが出来たわ。ありがとう。」(受け取って、にっこりして、『靴』に頬ずりする)
男 「僕も、君も、『嘘つき』で、『ほんとうの自分』を隠し続けて来た似たもの同士だ。でも、僕は、『わたしを見つけて』という泣き声を辿って、『ほんとうの君』を探し当てたんだ。
『ほんとうの君』は『若い君』のまま、『在るはずのない世界』に居るけれど、僕は、そんなことは構わない。ライブハウスの暗闇の『異空間』で、僕は、『若いほんとうの君』と出逢い続けることが出来るから。。
『ほんとうの君』に出逢い続けることで、いつか、僕も、『ほんとうの自分』を思い出せるかもしれない。
(ゆっくりと)
『在るはずのない世界』を、僕は信じよう。『その世界』で、僕は、『ほんとうの君』と手を取り合って、僕の『ほんとうの自分』を探す『こころの旅』を、はじめるんだ。
(ゆっくりと、かみしめるように)
僕は、そのために、ずっとずっと歌い続ける。
そして、生き続ける。 僕の人生が終わるまで。」
舞台上手のミラーボールが、静かに舞台中央まで移動して来る。
三人は、並んで、ミラーボールを見つめる。
ミラーボールが下がってきて、ゆっくり、くるくると廻り出す。舞台一面が、ミラーボールの幻想的な照明に満たされる。
(なにかしらとびきり素敵な音楽を流す。ただし大時代的ではない音楽を。)
完
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