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それでも私の人生は続く【インド映画】Nenu Leni Naa Prema Katha

"Nenu Leni Naa Prema Katha" (2021年、テルグ語映画)、Simply Southにて。Wikipediaに映画の紹介がなかったので観終わった後にタイトルを翻訳にかけてみたらある意味ド直球でネタバレだったが、とても美しいと思う。タイトルのことは、一番最後に書こう。

※以下、物語の内容と結末に触れています

大学で古典舞踊を学んでいるラーダ(ガヤトゥリ・スレーシュ)は学生運動のリーダー、ラーム(ナヴィーン・チャンドラ)に熱烈に恋をしている(ただ彼の運動自体にはあまり関心を持っていない)。友人たちも彼女の恋心に気づいているが、鈍感なラームには全然通じていない。でも、彼もラーダを憎からず思っている様子ではある。
彼女はたまたま覗き込んだアマチュア無線クラブの顧問から、無線機を自宅に預かることになる。ある日、その無線機から若い男の声が届き、恐るおそるマイクを手にとったラーダは、クリシュナというその男と親しくなる。ただし男の言うことがよくわからない。すれ違いや軽い口ゲンカの後、クリシュナが信じられないことを言う。彼は2020年から発信しているというのだ。そんなはずはない、今は1983年なのだから。


二人のいる時代の違いを示すのが政治家・映画スター・クリケット、というのが面白い。とくに映画スターの話は映画好きからしてもニヤッとさせられる。「誰の映画が好きなの?マヘーシュ・バーブ?プラバース?」「プラ…?(誰のこと?)…カマル・ハサン!新作をまだ観られてないから今度観に行くのが楽しみなの」

30年の時を超えて二人の人物が無線で出会う、ってそういう映画あったな?と思う人はいるだろうし私もそう思った。「オーロラの彼方へ」である。もしかしたらこの映画もあれを下敷きにしたんじゃないかと思う。あの映画は「父と息子」の出会いだった。それならもしかしてこれは「母と息子」の出会いではないか…?

実際、物語はその流れで進む。クリシュナはラーダが恋するラームの息子であることが判明する。となれば、当然自分はクリシュナの母だとラーダは気がつくのだ。クリシュナは、自分が幼いころに両親が亡くなったと言う。父と母の声を聞きたい、という彼のために、ラーダはどうにかラームにクリシュナのことを知らせようとする。しかしラームは彼女の言葉を全く信じない。皮肉なことに、彼とラーダの間には少しずつ距離が生まれる。そして彼女はあるとき、知ることになるのだ。クリシュナの母親は自分ではない、と…。

思ってたんと違う…

こういう設定であれば、普通、「未来をハッピーエンドに変える」という方向に物語を持っていくんじゃないかと思う。でも、この作品ではそうはならない。ラーダはラームと結ばれない。クリシュナが幼いころにラームが妻と共に事故で死んだという現実も、変わらない。
私なんかは「たられば」で考えてしまうから、こう思わずにいられない。ラーダは、クリシュナと巡り合わず、未来を知らないままだったほうが、幸せになれたのではないか?彼女が身を引くことに決めたのは、クリシュナが母親の名前を口にしたからだ。ラーダが未来を知らないままであれば、ラームは彼女と結ばれ、死なずに済んだのではないか?もちろんラーダとラーマが結ばれる道を辿ったら、クリシュナが存在しない世界線に至ってしまうのだけども。
未来を知ったからこそラーダの想いが叶えられなくなるなんて、そんなの悲しすぎる。ハリウッド映画ならそのあたりも含めてまるっと解決できるハッピーエンドを準備しただろうし、できればこの映画にもそうしてほしかった。でも、敢えて、この作品の作り手はそうしなかったのだろう。

この映画のタイトル"Nenu Leni Naa Prema Katha"、英訳は"My love story without me"「私のいない私のラブストーリー」。自分の思い描いた物語に自分がいなくても、私の人生は続く。ラームへの想いを大切に胸に抱いて生きるラーダの今を描く最後のエピソードは何ともほろ苦い。

ナヴィーン・チャンドラが演じているのは学生運動のリーダーで、ヒロインを尊重して扱ってくれる真面目な男なのだが、(ヒロインはめちゃくちゃ恋しちゃってるものの)価値観とか深いところでは彼女とはあんまり分かり合えないのでは?という若干のズレのようなものをずっと漂わせているところがキャラクターとして非常にうまくできている気がする。だから、二人が結ばれないという展開にもそれなりに納得させらられる。
ただ彼の面白いところは、「自分の息子がまだ幼い時に、自分は死ぬ」という未来を知らされ、それを受け入れたところだと思う。ヒロインが運命を受け入れたのと同様に、彼もまた―なんならもっと残酷な―自分の運命を受け入れる。そのうえで、自らの葛藤は見せずに、未来の息子に向かって過去に拘るな、前を向いて生きろと叱咤激励を飛ばすのがまた、ラームというキャラクターに一貫性を持たせていて良い。そういう男だからこそラーダが好きになってしまったのだろうから。

でもガヤトゥリ・スレーシュの一途さが可愛かったからなあ…ラーダには幸せになってほしかったなあ…


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