ある島の可能性 / ミシェル・ウェルベック
この作品で彼は新たな描写を試みていると思う。過度な個人主義、安全偏向思考、幸せの土台へ執着の行く末を読者に問いかけていると思う。これら前提条件を揃えたは良いが、それが今度は逆に暴力となって人間を噛み殺すさまが描かれているのだ。
私自身時々思うことだが、人類の様々な行動が一体何を目指してのものなのか、よくわからない。幸せになるために働きお金を稼ぐのか、お金を稼ぐために働くのか?お金があることが幸福の条件なのか?よくわからない。ただし、一定程度の身の安全と、一定程度の将来の保証、一定程度の自由、これらはやはり必要なのではないかと思う。しかし注目して欲しいのは、「一定程度の」という制限をつけたことだ。思うに、これらは前提であって目的ではない。これらなしに幸せを得るのは難しいかもしれないが、これらがあるからと言って、完全に安全で、完全に自由で、どこまで先の未来も保証されているからと言って、幸せになれるとは限らないし、私はむしろ障壁にさえなると思う。
これは、言うまでもなくこの小説中に登場するネオ・ヒューマンなるものの生活にそっくり当てはまるものだ。これを前にして私は何の欲求も感じない。このような生活は死んでも御免である。中学生時代に受けた寺山修司の影響を除いても、このような生活を自分が望むとは思えない。心は平穏かもしれない。しかし行き過ぎた平穏は時間と空間を侵食し、最後には当の本人をも侵食し飲み込んでしまうだろう。
しかし、翻って見ると、このネオ・ヒューマンの生活は何かに似ているとは思わないだろうか。私たちの生活は今はこの域には達していないと思うが、一部近づいている面もあると思う。例えば、コミュニケーション。ネットを介してのコミュニケーションが増えているのは言うまでもないだろう。またゲームが娯楽として大いに広まっていることも挙げられるだろう。私には、周りの高校生は孤独で、不安げで、それでいて無頓着に見える。その結果は韓国のハロウィン圧死事件であり、その原因は上に上げた個人主義的趣味の広まりであり、その無頓着を支え続けているのはスマホゲームとSNSの無限スクロールではないかと思う。
周りの高校生を見ていると、自分の幸福論についてはほとんど何も考えていないように見える。しかし、何も考えずに人生を突き進んで行った行き着く先は、孤独の中でのある種の同語反復的な人生ではないかと思う。今の時代、色々なことが選択できる。何を買って何を食べ、趣味は何をしてどう生きるかまで、その通りに成功するかはさておき、方向の選択は一応できる。この自由を否定するつもりはないし、多くの利点もあることだろう。しかし、その判断をよく考えもしないでしていると、他人の食い物にされるのもまた真だろう。何も考えずにゲームをして、USJに行き、インスタを投稿して遊んでいると、最後にのしかかってくるのは重い同語反復の虚空ではないかと私には思えてならない。細かい趣味は違っても、大まかには同じ、大量に溢れかえっている人生と同じ人生。この同語反復を避けるためには、そして与えられている自由の巨大なフロンティアに飲み込まれないためには、考え、考え続け判断を下すことが数少ない脱出口の1つだと思う。
これで私はウェルベックの小説を3冊読んだことになるが、正直なことを言うと、当分はもういいかな、と思っている。これは文化の違いなのかもしれないが、国こそ違えどいくらなんでも結論が大げさに見える。小説中で述べられる価値観では、人生を幸福にするものが愛とセックスだけになっている。若造が生意気言うなと言われたら黙るしかないが、周りの大人を見ていても、これはいささか大げさがすぎるように思う。確かに愛、異性間に限らない愛なくして色々なものが楽しくはならないことは認めよう。しかし、いくらネットにコミュニケーションを侵食されたとはいえ、互いにその外の現実空間の価値を認めあっていればその外で出会い仲を深めることは可能だし、ネットを介したつながりから始まったとしても、もしくはネット上だけの繋がりだとしても、多く氾濫している低レベルで低俗なコミュニケーションに陥らない努力を双方が怠らなければ楽しさや面白さを伴う繋がりを持つことは可能だろう。私自身、ネット上での繋がりでそのような経験がある。勿論ネオ・ヒューマンの域にまで個人主義化が進むと無理があると思うが、程々の個人主義化ならば決壊に至らずに幸福を包含するものとして耐えうるのではないかと思う。見落としてはいけないのは、個人主義が過度に進み国内で共通感覚が消えると自分の趣味以外のことが楽しみもない義務に成り果て、意義もわからず果てしなくその義務を果たさなければならなくなることだが、果たしてそこまでいくのかどうか、怪しいような気もする。
愛・セックス至上主義は賛同しかねるが、個人主義への問いかけとして読む意味はあると思う。ただ、私個人としては、痛ましほどの主人公フロランの人生への同情の吸引力を持った、セロトニンの方を勧めたい。
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