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【読書感想文】『押絵と旅する男』

乱歩版「世にも奇妙な恋物語」


【基本情報】

  • 作者:江戸川乱歩

  • イラスト:しきみ

  • 出版年:2017年12月13日第1版1刷発行/2018年9月3日第1版2刷発行

  • 出版社:立東舎(乙女の本棚)

  • ページ数:68ページ

【あらすじ】

魚津で蜃気楼を見に出かけた私は
帰りの電車で1人の老人と出会う。

その老人の所有する押絵には
美しいお七と老人が寄り添っていた。

老人はお七のそばにいるその老人を
自分の「兄」だと言った。

老人はお七の押絵に魅入られてしまった
「兄」の奇妙な恋を私に語る…

【感想】

まさに乱歩版『世にも奇妙な物語』。
何度読んでも不思議な魅力があります。

物語自体は語り手の「私」目線で進み
その中に老人(弟)の話が入る
入れ子構造になっています。

この物語が果たして真実なのか?
どこまでが幻想だったのか?

そこは読者の解釈に一切委ねているところが
この物語の面白さだと思います。

この物語自体
「私」の作り話かも知れない

もしかしたら老人も押絵も
「私」が見た夢の中の出来事かも知れない

そもそも老人(弟)の話す物語自体
老人(弟)の作り話かも知れないし。

果たして「兄」自体も存在していたのか?

もしくは既に「兄」は死んでいて
老人(弟)が無意識に作り出した幻想かも…
などなど様々な可能性が浮かびます。

しきみさんの描くお七が
妖しい美しさを持っています。

お七

でも「兄」のことを考えると
弟は「兄」を押絵から出してやらないのかな…
と思ってしまうんですよね。

お七は絵の中のキャラクターだから
初めから年を取らないのに対して

「兄」の方は生身の人間だから
年老いていくのは当たり前です。

そう考えると
「兄」を押絵から解放してあげた方が
彼のためになると思いますが

そうしない理由を考えるのが恐ろしい…

【印象に残ったキャラクター】

老人

語り手の「私」が
帰りの電車で出会った人物。

漆黒の背広服を纏い
黒髪と色白の肌を持った男性。

一見40歳にも60歳にも見えるので
どこか歪な感じを醸し出しています。

彼は1枚の押絵を所有しています。

その押絵には
美しいお七と洋風の背広を纏った老人
という奇妙な絵でした。

老人は押絵に描かれた
洋風の背広の老人のことを
自分の「兄」だと語りますが

果たしてそれが本当に「兄」なのか
真相は謎のままです。

【印象に残ったシーン】

老人の「兄」が押絵の中に入っていくシーン

さかさに覗くのですから、二三間向うに立っている兄の姿が、二尺位に小さくなって、小さい丈けに、ハッキリと、闇の中に浮出して見えるのです。外の景色は何も映らないで、小さくなった兄の洋服姿丈けが、眼鏡の真中に、チンと立っているのです。それが、多分兄があとじさりに歩いて行ったのでしょう。見る見る小さくなって、とうとう一尺位の、人形みたいな可愛らしい姿になってしまいました。そして、その姿が、ツーッと宙に浮いたかと見ると、アッと思う間に、闇の中へ溶け込んでしまったのでございます。

『押絵と旅する男』p57

老人の「兄」はある日
何かに憑かれたように
凌雲閣へ足を運ぶようになります。

その理由は凌雲閣を訪れた際
遠眼鏡で人混みを観察していた時に
目に入った美しい少女が忘れられないからでした。

しかしその少女の正体は
押絵に描かれていたお七だったのです。

どうしてもお七に会いたい「兄」は

自分の所有する遠眼鏡を
「さかさ」にして自分を覗いてほしい
弟である老人に頼みます。

老人が「兄」に言われた通り
遠眼鏡を逆さにして「兄」を覗くと

「兄」の姿は小さくなり
遂にその場から姿を消してしまいます。

そして「兄」は押絵の中に入り込み
念願のお七との出会いを果たします。

この「兄」が遠眼鏡を利用して
押絵の中に入っていくシーンが

いつ読んでも幻想的で不気味だなと感じます。

年老いていく「兄」と年を取らないお七

ところが、あなた、悲しいことには、娘の方は、いくら生きているとは云え、元々人の拵えたものですから、年をとるということがありませんけれど、兄の方は、押絵になっても、それは無理矢理に形を変えたまでで、根が寿命のある人間のことですから、私達と同じ様に年をとって参ります。御覧下さいまし、二十五歳の美少年であった兄が、もうあの様に白髪になって、顔には醜い皺が寄ってしまいました。兄の身にとっては、どんなにか悲しいことでございましょう。相手の娘はいつまでも若くて美しいのに、自分ばかりが汚く老込んで行くのですもの。

『押絵と旅する男』p63

お七は元々絵の中の人物なので
年を取りません。

しかし、「兄」は生身の人間だから
年を取るという摂理に逆らえません。

初めは若かった「兄」も…

「乙女の本棚」版だと

初めは若かった「兄」が
徐々に年を取っていき
老人の姿でお七に会うシーンが描かれていて

より彼の残酷さが際立っていましたね…

暗闇の中へ消えていく老人

「ではお先へ、私は一晩ここの親戚へ泊りますので」
老人は額の包みを抱てヒョイと立上り、そんな挨拶を残して、車の外へ出て行ったが、窓から見ていると、細長い老人の後姿は(それが何と押絵の老人そのままの姿であったか)簡略な柵のところで、駅員に切符を渡したかと見ると、そのまま、背後の闇の中へ溶け込む様に消えて行ったのである。

『押絵と旅する男』p68

このラストシーンの度に
夢から覚めたような気持ちにさせられます。

同時に闇の中へ去っていく老人の後ろ姿が

「それが何と押絵の老人そのままの姿であったか」

という言葉にゾッとさせられます。

これまでの老人が話していた
「兄」の恋物語が本当に真実だったのか

もしくは
「私」が見ていた夢だったのではないか…
ふとそんな疑惑が湧いてくるからです。


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