優れたユーザー体験をデザインするコツと、そのための訓練について
「UXデザイン」という言葉がある。「User Experience」の略で、そのまま「ユー・エックス」と読む。Webサービスやスマートフォンアプリの開発に関わる人たちには広く知られた言葉だ。
「Webサービスをデザインする」というと、デザインの対象はパソコンやスマホに映る「画面の見た目」だと思われることが多い。間違ってはいないが、それよりも「その画面で経験されることを作っている」といった方が正確だ。だから、僕たちデザイナーは「UXデザイン」という言葉を頻繁に使う。それは作っているものの本質を強く意識するためでもある。
さて、デザイナーの業務の目的は、優れたUX=ユーザー体験を作ることである。では、優れたユーザー体験とは何を指すのだろうか。
僕はこれまで十年間、Webサービスやスマートフォンアプリをデザインしながら、このことについて考えてきた。今日は、自分がいままで考えてきたことを整理して書き起こしてみようと思う。もちろん、このテーマは過去に多くの人たちが繰り返し論じてきたものだ。書店の棚にも、Google検索の結果にも、既にたくさんの答えが並んでいる。なので、この文章はそんな先輩たちの仕事に敬意を払いつつ、そこに新たな視点を足すようなものにしてみたい。
優れたユーザー体験とは何か
早速だが、僕は優れたユーザー体験を次のように定義している。
(1)ユーザーが自然に使える、あるいは、少し学習すれば使えるようになること。
(2)「自然に使える」とは、迷わない体験、または、迷いが少ない体験のことである。
(3)「学習」は、ユーザーが自然に操作した結果として果たされることが望ましい。
使っていて心地よく感じられるとか、使うたびにサービスへの愛着が高まるとか、加点要素はいろいろとある。しかし、何よりもまず「自然に使える」ということが重要なのだ。
そして、この「自然に使える」ということを考える上で、気をつけなければならない点がある。それは「何が自然に使えるかは、人それぞれ」ということだ。
例えば、ここまでスムーズに読んできた人は、この記事を読みやすい文章だと感じていると思う。しかし、他の人がこれを読んで、同じように感じるとは限らない。業種の違う人には慣れない用語ばかりかもしれないし、日本語の初学者には読めない漢字が多すぎるかもしれない。僕はこの文章を多くの人が無理なく読めるものにしたいと工夫して書いているが、それでも必ず限界はある。
このことは、プロダクトデザインにも当てはまる。誰でもすらすらと読める文章は存在しないのと同様に、誰でも自然に使えるものは存在しない。つまり、作り手は「自然に使えるもの」を作ろうとするときに、それが「どのようなユーザーに提供するものなのか」と共に考えなければならないのだ。
僕たちはこれを「想定ユーザー」と呼んでいる。デザイナーが想定ユーザーのことを詳しく知ろうとするのは、その人にとって自然に使えるものが何なのかを理解するためだ。優れたユーザー体験を作る糸口はここにしかない。
優れたユーザー体験を作るコツ(「なりきり」のすすめ)
ユーザーを知るための手法は、既に数多く考案されている。ユーザーテスト、ユーザーインタビュー、ユーザーサーベイ、タスク分析、ペルソナやカスタマージャーニーマップの作成。リサーチには、これらの手法をプロダクトの規模やフェーズに合わせて調整して使っていくのがよいと思う。
ユーザーに関する情報を得たら、それをもとに、その人が自然に使えるものを発想していく。このときのコツとして、僕がおすすめしているのが、そのユーザーを自分に憑依させること、すなわち「なりきり」だ。
なりきりとは、ユーザーの内面を経由してデザインを評価することである。自分が想定ユーザーになりきって画面を操作し「必要な操作が行えるか」「言葉や表現を見てどう感じるか」と体験の渦中から思考していく。なりきれない点があれば、その部分の情報が足りていないということだ。補うためのリサーチを考えよう。(リサーチはデザインの前工程に留まらず、いつでも反復的に繰り返すものとしておくのが良い。)
そして、寄り道にはなるが、ときには想定ユーザーだけでなく「非想定ユーザー」になりきることも有効である。対象者以外が使ったときにどんな体験が生まれるのかを確認して、「その人でも使えるもの」を想像してみると、利便性を高めるアイデアをひらめいたり、プロダクトの可能性を広げるインスピレーションが生まれることがあるからだ。
例えば、手の不自由な人でも使える方法を検討してみたら「片手が塞がっている状態でも使えるデザイン」が生まれたり、耳の聴こえない人への配慮を考えてみたら「騒音下でも使えるプロダクト」が生まれるかもしれない。以前、受託制作会社にいた頃、並行して進めているプロダクトのペルソナを入れ替えたりして遊んでいたのだが、そこから生まれたアイデアはいくつもある。
もちろん、最終的には「想定ユーザーが・自然に使えるもの」を作ることが目的だ。しかし、作っている間ずっと視点をそこに固定しておく必要はない。できるだけ多くのタイプのユーザーになりきろう。デザインを多角的に、広い視野から眺めることによって、本来の目的も高い水準で達成することができるはずだ。
なりきりの引き出しを増やす訓練
多くのタイプになりきるためには、それだけ多くの引き出しを持っていることが重要になってくる。そのための訓練として、僕が生活の中で行っている三つの実践を紹介しておこうと思う。
まず一つ目は、自分の経験を通じて、自分がどのようなユーザーであるかを理解することだ。「どうして僕はこの見た目を好きだと感じるのか」「なぜこれを使いこなせないのだろう」と、自分の感覚や感性を掘り下げてみる。最も身近なサンプルを観察することは、他者を観察する際の観点を養ったり、ユーザー理解の進め方を学ぶことになるはずだ。
次に、自分が何かを体験をしたときに、「他の人も自分と同じように感じるだろうか」と他者について思いを馳せることである。自分が使いやすいと感じたものがあったら「これを使いづらいと思う人もいるかもしれない。それはどんな人だろう?」とか、反対に使いづらいと感じたら「これを使いやすいと思う人は、どんな考え方をしているのだろう?」と想像を膨らませる。経験から新たな問いを立てるということだ。
最後に、実際に身の回りのユーザーを観察すること。そこにどのような体験が生まれているかを確かめることだ。このとき、その行動に問いを立て、答えを想像してみる。ショッピング中の人を見て「商品を手に取るときに何を考えたのだろう?」とか、駅のホームに立つ人を見て「大荷物を持っているのにベンチに座らない理由は何だろう?」といった具合だ。もちろん正解は確かめられない。しかし、こうして考えた仮説を携えておくことが大事なのだ。
以上、僕のおすすめの方法三選だ。万能薬ではないので、誰にとっても有用とはならないだろうが、部分的にでも参考にしてもらえたら嬉しい。
デザインは、人が世界とどのように関わるか、どのように感じるか、どのように理解するかを形づくることができる強力な力だ。僕はこれからもその力を磨いて、人々の生活を豊かにしていきたいと思っている。
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