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『日本語からの哲学』読んだよ

平尾昌宏『日本語からの哲学』読みました。

昨年2022年に出版されてる比較的最近の本。ネット上で評判が良さそうだったので買ってみたものです。

著者の平尾昌宏は日本の哲学者の方。
副題に「なぜ〈です・ます〉で論文を書いてはならないのか?」とありますけれど、実際著者がある時論文を〈です・ます〉で提出した際に〈である・だ〉への修正を求められてしまったことをきっかけに「そもそもなんで論文を〈です・ます〉で書いちゃいけないんだ?」と疑問を覚えたのだそうです。
結果、一冊を通してひたすら〈です・ます〉と〈である・だ〉の違いだけを考え抜かれてるという異色の本書が誕生したというわけです。

テーマからして一見すると地味でマニアックな本に思われるかもしれませんが、評判に違わず、これがびっくりするぐらい面白かったです。

「なぜ〈です・ます〉で論文を書いてはならないのか?」という謎かけにジワジワと攻め込んでいき最後に華麗に収束する様は、ある種のミステリー作品のようでもあり、一級の知的エンターテイメントとなっています。
実際、完全に著者も狙ったであろう本編最後の決めの一文のカタルシスが半端なく、「あなたはきっとラストの一文に心を震わせる……!」と、まさにミステリー作品ぽいキャッチコピーが似合う不思議な哲学書となっています。

無論「〈です・ます〉は敬語的・主観的な文体だから中立的・客観的に書くには〈である・だ〉がふさわしいのだ」などというような、誰でもすぐに思い浮かぶような常識的な回答はすぐさま脱落しちゃいます。
〈です・ます〉と〈である・だ〉の違いはそんなものではなく、そもそも想定している世界観からして異なることが明らかにされていきます。しかも、そこからまさかのそれぞれ抱える倫理観の違いに至るビジョンまで提示されます。なんと遠大な。

たとえば、江草はnoteをこうして〈です・ます〉で書いてるわけですけれど、自分でもどうして〈です・ます〉を選んでるのか言語化はできてなかったんですよね。試しに〈である・だ〉で書いてみたことも何度かあるのですが、どうしても落ち着かないというかしっくりこない。しかしその理由は自分でも分からない。
一方で、江草がフォローさせていただいてる人の中には〈である・だ〉で書いてる人が少なくありません。もしかすると彼ら彼女らは逆に〈です・ます〉で書くと落ち着かないのかもしれません。

となると、各筆者によって選ばれる文体の違いはどこから来ているのか。不思議といえば不思議じゃないでしょうか。

しかし、本書を読んでみて、ようやく自分が〈です・ます〉で書いてしまうことについて腑に落ちた感覚があったんですよね。
なるほど自分はnoteを書いてる時にそういう風に世界を観ているから〈です・ます〉なのか、と。
これはなかなかに震える感動的な体験でした。

考察の経路こそが重要な哲学書というジャンルにおいて結論だけ抜き出して提示するのは一般的に勧められるものでないですし、しかも本書はある種のミステリー作品でもありますから、ネタバレは野暮というもの。本書の結論をここで提示することはいたしません。
ぜひとも、みなさまも本書を通読していただいて感動のラストにまで到達していただけたらなと思います。

とはいえ、哲学書と聞くと多くの方にとっては心理的ハードルが高いですよね。
確かに、題材が題材だけに一定の難易度はあるものの、それでも本書は十分に読みやすいと言える一冊です。
哲学書ではあるものの一般向けの書籍であって専門書というわけではありませんから、用語も基本平易です。たまに出てくる一般的でない用語もまず解説が丁寧に付与されますし、文章は全般非常に読みやすいです。考察の理路も丁寧かつ整然としていて、読者を迷子にさせることもありません。ところどころユーモア混じりのコメントもあって、むしろ楽しく面白く読めるぐらいです。
読書感のイメージとしては國分功一郎『暇と退屈の倫理学』に近いでしょうか。どちらも語られているテーマの真面目さに比して相当読みやすいですし、冒頭の謎掛けに徐々に迫っていくミステリー的スタイルなのも両書に共通しています。『暇と退屈の倫理学』が楽しめた人は本書も楽しめるのではないかと思います。

日常私たちが何気なく用いている〈です・ます〉や〈である・だ〉の中に秘められてる知的ミステリーを体験させてくれるという哲学の面白さの真骨頂が味わえる本書。
文章を書く時の〈です・ます〉と〈である・だ〉の使い分けに一度でも悩んだことがある方には特にオススメです。

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