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『投資依存症』読んだよ

森永卓郎『投資依存症』読みました。

著者の森永卓郎氏は有名な経済アナリスト。本書は、昨今の社会を挙げての投資ブームに警鐘を鳴らす一冊です。「投資は快楽依存のギャンブルと同類である」と手厳しい。

なんでも本書は後藤達也氏の『転換の時代を生き抜く投資の教科書』に対抗して書かれたものであるとまえがきで明言されていて面白いです。

森永氏曰く、後藤氏の『投資の教科書』は読者を扇動することなく論理的かつ客観的かつ丁寧に読者に投資を解説する本だが、だからこそ人を投資に導く力がある。それゆえ、対抗してこの本(『投資依存症』)を書かねばならないと思ったとのこと。

試し読みした時に、このくだりが興味深かったので、こりゃ比較してみたいなあとつい同時に両書を購入したのですが、『投資の教科書』より先に今回の『投資依存症』を読み終えてしまいました(後藤さん後回しですみません)。

で、本書『投資依存症』は、なるほどなかなか世の中で言われない身も蓋もないことを指摘していて非常に良い本だなと思いました。江草的にもちょっと最近の世の中の投資推しは過ぎるなあと懸念していたので、こうやってきっちり投資の闇の部分を露わにする書籍が出てくるのは健全なことだと思います。

つまるところ、森永氏は「今の株高はただのバブルであり早晩崩壊する。それゆえ即刻投資から手を引くべきだ」と主張しています。国までNISAやらiDeCoやらで投資推進を国策にしてる中で、がっつり冷や水を浴びせるような結論ですが、だからこそ重要ですね。

江草的にも基本的には森永氏の見解に同感で、現状の株高はただのバブルに過ぎないと思ってる側なのですが、ただ森永氏の説明もちょっとまだ不足があるんじゃないかとも思います。

というのも、バブルというのは確かにいずれ崩壊するのですけれど「それがいつかは分からない」というのが最大の難問だからです。

たとえば、かのリーマン・ショック時にバブル崩壊を予期して「売り」を仕掛けた男達の姿を描いた映画作品『マネー・ショート』。

この作品内でも、「そろそろバブル崩壊しそうだ」と思ったのに意外となかなか崩壊せずに、「売り」のポジションを持ってる主人公がピンチになっていくというジリジリした展開がありました。「いずれバブルが崩壊する」と分かってることと「いつバブルが崩壊するか」と分かってることは似て非なるものなんですね。

実際、世の中では常に「そろそろバブルが崩壊する」という言説が存在しています。なにせ常にその予言をしている人が存在しているものですから、どこかで誰かの予言が見事的中するわけです。しかし、逆に言うとその的中までほとんどのバブル崩壊論者が外し続けてるとも言えます。

だから「今の株がバブルかどうか」はあまり問題ではなく、「それがいつ弾けるか」が問題なんですね。そしてその予測を正確に当てるのは「バブルが永遠に続くこと」が難しいのと同じぐらい難しいでしょう。

すなわち、ここで重要なのは「バブルが間もなく弾けるはずだ」と判断すること自体もまたギャンブル性を有してるという点なんですね。なぜなら、その予測は非常に難しいにもかかわらず、その予測が当たるかどうかが自身の所有する経済的価値の多寡を大きく左右するものだからです。

もっとも、『マネー・ショート』の主人公達は積極的に「売り(ショートポジション)」を取ってるという意味で結局は「投資という名のギャンブル」をしていると言えます。そのようなショートポジションを取るではなく、単純に全ての株やら投資信託やらを売っぱらってノーポジションになったらそのギャンブルから降りられるはず、と思いたいところですが、そうは問屋が下ろさないのがバブルの恐ろしいところなんですよね。

というのも、バブルが継続してる最中においては、ノーポジションの人間は社会の中で否応なしに経済的不利な立場に置かれます。たとえば、今都心の住宅価格が高騰してるのはまさにバブルではありましょうけれど、それはつまり投資などをしてバブルに乗っかってないと都心から住居を追いやられるということでもあります。

じゃあ、森永卓郎氏がまさに本書で主張しているように住宅価格が安い郊外や地方に住んだらいいのではないかという話。確かにそうすれば直接的にはバブルから外れられるでしょう。ただ、それはそれで通勤事情や就職事情においてけっこうな不便を強いられるわけで、結局それだと困るしつらいから皆否応なしにバブルに乗らざるを得なくなってるわけでしょう。それに物価が上がったり、都心の景気の良さに惹きつけられた人間が地方から去って行ったりして、地方にいても結局バブルの影響は及んで来るものです。頼みの預貯金だってインフレになったら勝手に価値が激減してしまうのですから。

つまり、バブルというのは困ったことに社会全体を勝手に巻き込んでいくものなので、この社会の中で住まう以上、どうしたって無縁では居られないんですね。誰もが「バブルに乗るのか乗らないのか」のギャンブルの席に強制的に着かせられてるとも言えます。「バブルに乗らない」「バブルから降りる」という判断もまた、実は「そろそろバブルが崩壊するはずだ」に賭けてることに変わりはないのです。「そろそろバブルが崩壊するはずだ」に賭けたけれど、予想が外れてバブルが長持ちされると結局は「負け」になりえるという点が、バブルの凶悪な所以です。

そう、現状がバブルなのは前提として、「いつバブルが崩壊するか」の読み合いで勝負するチキンレースギャンブルに社会全体で強制参加させられてるのです。

勝手にギャンブルに乗せられるなんてふざけた話と思われることでしょう。実際、ふざけてると思います。だから、もちろん江草もこの状況を肯定しているわけではありません。

しかし、ノーポジションを取るだけでこの「ふざけたゲーム」から降りられるとは限らない点は、やはり現実として指摘しておくべきでしょう。あくまで森永氏は「間もなくバブルが崩壊する」と確信的な信念を持たれてるからこそ「ただちに降りろ」と言っているわけですが、それもまた「近日中のバブル崩壊」に賭けるギャンブルです。

ポーカーで「降りる」という判断がギャンブルの一環であるように、「投資から降りる」という判断もまた「投資」という名のギャンブルから抜け出てないのです。それに従って降りた結果は結局は各個人の自己責任になってしまうという悲しさがあります。

だからまあ、ほんと厄介な仕組みなのですが、ともかくも「投資するかしないか」という「のるかそるか」構造の判断では、結局はギャンブルから抜け出せないということが肝要です。つまり、この「ふざけたゲーム」を何とかしたいならば、このギャンブルのルールの外部、すなわち場外から介入するしかありません。

(依存症は専門外なので詳しくはないのですが)実際、依存症からの脱却の際に「対象との縁を断ち切るぞ」と決意しただけではなかなか脱却できないそうです。そうやって対象物と強硬な対決姿勢を持つことは必ずしも依存の解消につながらないのですね。そうではなくって、もっと場外の要素、互助会であったりコミュニティであったり、他の居場所であったり、「自分と依存対象」の二者関係の外部から場に作用させる必要があると。

「投資依存症」についてもおそらくそうなんじゃないかと思うんですよね。「投資と縁を切る!」と強硬に対抗姿勢を持つよりも、この社会において投資とは何なのか俯瞰してみてみたりとか、投資以外にも社会には色んな側面があるのではないかとか、別の角度に視点を移してみる。それはロングポジションでもショートポジションでもノーポジションでもない、それらを超越したメタなポジションです。そうしたメタポジションに至って初めて「ふざけたゲーム」から出られてると言えるのではないかと、そのように江草は思う次第です。


なんだか、勝手に私見を述べまくってしまった変な書評になりましたけれど、もちろん本書の指摘は重大で、とても良い本だったと思います。

「投資はギャンブル」で「株高はバブル」。これは当然前提で、しかし既にその厄介なギャンブルに手を出してしまった私たちみんな(社会や世界)がどうやってうまくここから抜け出せるか、軟着陸させられるかが本来の課題です。しかしながら、この前提が押さえられてないとそもそも話にならないので、それをまず押さえるために、本書は非常に良い一冊であると思います。

まずはそこからですからね。



なお、余談ですが、本書内で出てきた「ブルシットジョブ」の一節は、提唱者のグレーバーの定義と乖離した誤ったものなので「コラー!」って思ってしまいました(江草はよく「ブルシット・ジョブ」警察をしているのです)。

 ブルシットジョブもすでに蔓延している。典型はアマゾンの物流センターで働くピッキングのアルバイトだ。
 アルバイトは、ハンディ端末を持たされ、その画面にはコンピュータの指示が表示される。アルバイトはそれにもとづいて倉庫の棚から商品を探し出し、出荷の窓口に持っていく。

森永 卓郎. 投資依存症 (pp.104-105). 三五館シンシャ. Kindle 版.

森永氏が「ブルシットジョブ」の例として挙げている単純作業系の労働は、どちらかというとただの「シット・ジョブ」です。これ、よく誤解されがちなのですが、全然異なるものなのでご注意ください。

補習用に下記の記事置いときますね。(もはや投資関係ない)


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江草 令
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