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繋がり続ける人々(20241125)

 急激に肌寒くなり、逆噴射の季節は過ぎ去りました。これからはピックアップ行為に勤しんだり、一次選考や二次選考の結果をウキウキしながら待つ人も多いでしょう。私は読んだ本の書評をしようと思います。
 それでは始めます。


箱男

安部公房『箱男』新潮社、1973

 自分がかぶる箱の製法から話が始まります。段ボールの空き箱、ビニールテープ、ガムテープ、針金などがあれば事足りるので、誰でも箱男になることができます。綿密な箱に関する説明のあとで、ようやく箱男――おおよそ浮浪者に属する――について語られます。
 作品は、人を覗くことに興味を見出したカメラマンの男が、町をうろつく浮浪者である箱男へと、次第に興味を惹かれていくところから始まります。やがて箱を譲り受けたカメラマンは、自分でも箱を被って生活するようになり、彼の精神がじわじわと箱男へと変化していく……
 かなり構造が入り組んでおり、読み応えのある作品です。箱男としての執拗な観察と主人公の心理描写、時折挟まれるモンタージュ写真に手紙、誰かの精神世界、供述書、誰かの手紙――と、いくつか異なる視点で作品が展開され、いくつかの謎は解決しないままページが進むので、複数のコンビネーションアルバムを渡り歩いている気分になります。
 登場キャラクターにもクセがある。箱男を気に掛ける看護師の女性や、元軍医(舞台は戦後なので、おそらく1960~70年代ぐらい?)、主人公の後釜を狙おうとする偽箱男(!)、箱男を中心にアクのある世界が構築されます。
 主人公は世界を覗くことに特化しており、自身が浮浪者という落伍者意識は持たず、やはりオリジナルの世界観を展開しています。そこが面白い。ちょっと引用します。

「だがそいつをかぶって箱男になるには、かなりの勇気がいる。とにかく、この何でもないただの紙箱に、誰かがもぐって街に出たとたん、箱でも人間でもない、化物に変わってしまうのだ。」

新潮社版、11ページ

「食事やトランプ占いには、動かない平面がどうしても必要だ。」

新潮社版、81ページ

「箱男は理想的な殺され屋なのだ。」

新潮社版、119ページ

 結末も明白にならず、最終的にカメラマンであった箱男はどうなったのか判然としません。展開そのものよりも、途中途中で挟まれるエピソードや、精妙かつ、かなり細かく描写される箱の中、海岸(箱男はそこのシャワーを使います)などのシチュエーションを楽しみました。
 途中、ピアノの先生に覗きを見つかったショタの視点が好みです(彼はどうなったんだろう……)。
 また、今年になって映画化しています。

 映画だと箱男はスマホ片手に街をうろつく。箱の中でも箱を見るってこと!? 予告編を見た感じ、ユーモアが散りばめられていて面白そうです。
 


飛鳥Ⅱの身代金

西村京太郎『飛鳥Ⅱの身代金 十津川警部シリーズ』文春新書、2016

 おなじみ十津川警部が登場するシリーズ作品です。
 知らない人のために解説すると、ミステリー小説ですが、「鉄道や乗り物に関する事件が発生し、警視庁捜査一課の十津川とつかわ警部と、相棒である亀井かめいが電車を使った時刻トリックを崩したり、容疑者の矛盾を暴いていくことで事件を解決する」テンプレです。
 今回は十津川警部が豪華客船の飛鳥Ⅱに乗ります。
 十津川警部はうっすらと八十年代くらいから存在していましたが、現在ではスマートフォンも使いこなしておりなかなか頼もしい。
『オール讀物』に連載された作品で、出だしはややスロースタートであるもののなかなか読ませる作品。筋が予測しにくいというか、連載物だけあり、作者も次の展開をどうするか、ハラハラしながら書いていたのではないか……と予測します。
 ただ後半、スケールアップして日本の首相がかなり重大な決断をしているのですが、現実世界に影響が及びそうな決断であるため、決断の余波によって何が起こったのか、あるいは何かが消失したのか、その辺りのフォローも欲しいところ。
 また、作品の展開によって舞台がだんだん飛鳥Ⅱからズレていくのが難しい。展開される謎やストーリーを考えれば仕方のないものの、飛鳥Ⅱ目当てで購入した人がいた場合、もう少し描写が必要になるのではないか……と考えました。
 犯人側の心理の変化というか、外的要因によって、大きく事件の事情が変わっていくのが面白い。
 


てやんでェ

梶山季之『てやんでェ』光文社、1966

 1966年の作品です。かなり昔であり、昭和四十一年であり、何がブームだったのかChatGPTに訊いたら「1966年には日本にビートルズが来て、初代ウルトラマンが放送されて、ジェームズ・ボンドの007シリーズがヒットしました」と出てきました。
 そんな本の主人公は木塚慶太であり、一度商売に失敗している彼が島耕作のような手腕を披露して金を借りることに成功したり、ヤッスーン商会という、ユダヤ人が経営する会社の鼻を明かすことに成功しています。
 ビジネスで成り上がる本ですが、木塚がやることはだいたいハリウッド女優をコマす(死語)するとか、アメリカに行って外国人女性をメロメロにさせるとか、そういう……なんか……ルサンチマンを満足させるエピソードが多いです。たぶん痛快さを目指している。
 とにかく主人公の木塚が強すぎてあらゆる物をなぎ倒していくし、そんなに葛藤とか山場がない。思い出すのは異世界モノかもしれませんが、異世界モノでも右肩上がりに思われた主人公がそれなりに危機に陥ったり、生活範囲を広げようとあくせくしているので、この作品はちょっと違う。アメリカに行っても特に開拓とかしないし、オープンワールド的なワクワクさがあまり見つからない。むしろこれは成功ばかりしていくビジネスフィクションと見たほうがいいかもしれない。
 当時のアメリカの倉庫事情とか、厚い釜で炊いた釜飯がうまそうとか、そういう描写が面白かったです。
 ちなみに発行は74版で、当時としてはものすごく売れているのがわかります。

境界線上のホライゾン

川上稔『境界線上のホライゾン Ⅵ-上』電撃文庫、2013

 パリにて。羽柴チームが水攻めを行うために攻撃準備をする一方、パリ側(毛利チーム)も嫌がらせをしたり、竜を使って補強工事したりと余念がありません。いっぽう、移動教室中の武蔵チームたちは恋愛相談や今後の方向性について議論をしながら、毛利や北条と対決する地盤を整えていく。だいたい準備が終わった後に毛利と北条が外交艦で接近し、艦越しに本多・正純ほんだ・まさずみと激論を交わすのだが、いいところで羽柴チームからの刺客が武蔵に潜入し、マジでぶった斬ろうと襲撃してきます。
 まさに大河ドラマ並の分厚さで話が広がります。広がった風呂敷の中で、それぞれのキャラクターたちがあれこれと動き回るので、「これは作者側としてはかなり管理が大変だな……」と思いながら読んでいます。
 メインになるのは武蔵、北条、真田、羽柴、毛利チームの視点なので、やはり視点や登場人物が多い。冒頭でキャラクター紹介がありますが、たぶん五十人くらいいます。
 いろんな人間関係があるわけで、ワチャワチャしているしラブコメもあります。後半においては議論が交わされるわけですが、この辺りは裁判というか、法律論や議論の勉強になります。
 あと挿絵もカワイイヤッターであり数も多い。
 読者としては、小説においてどんどん細かいところを掘っていけるのが嬉しい。作者だと、おそらく全体図や人間関係をいちいち整理しないと書けないのですが、読者の立場としては、次々に展開されるドラマを読みながら、戦いや恋愛を楽しんでいればOK。凄まじい勢いのチャット、会話の量が多いので、数多くの情報を摂取することで、脳のニューロンが刺激されます。
 そしてミトの母親が存在感を増していきます。最近のSNS動向においてはすごい勢いで人妻人気が高まったり、妙齢の女性の人気が高まっていますが、それを彷彿とさせますね。時代がホライゾンに追いついたのでしょうか。
 今回はキャラとしては北条・氏直(褐色年上キャラで、中巻で大暴れします)が好みです。途中から別勢力として出てきましたが、この調子でメインキャラに合流してほしい! シェイクスピアとか殆ど武蔵チームみたいなものだし!

 今回は段ボールからカワイイヤッターまで読みましたが、多かれ少なかれ登場人物たちには繋がりがあります。その仕方は議論だったり、外人をやっつけたり、夢見るような繋がりだったりと様々ですが、それでも彼らは互いに繋がりを持とうとあくせくしています。
 今回は割と昔の小説ばかり読みましたが、今後はどのように繋がりが変化していくか、楽しみです。

 今回は以上です!

《終わり》

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復路鵜
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