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数億年を抱いて眠る

冬枯れの芝生を、幼い子どもたちが歓声を上げて走る。親を追いかけたり、追いかけられたり。私は北風に襟を立て、ベンチに座っている。

クヌギの一本はロープに囲まれて、今も立入禁止の看板が立っている。オオスズメバチがうろに巣をつくっていたからだった。冬の訪れとともにスズメバチはいなくなった。

春、冬眠から目覚めた女王はシェルターから這い出て活動を始める。たった一人で巣をつくりはじめ、卵を産み付ける。やがて働きバチが産まれ、巣を大きくしたり餌を捕ってきたり、掃除をしたり、盛んに働きはじめる。その間も女王は卵を産み続ける。

働きバチは、羽化してから30日しか生きられない。次々に生まれる働きバチが後を引き継ぎ、生死を交代しながらコロニーは数千の大所帯になっていく。

秋、女王は雄バチを初めて産む。働きバチはすべて雌で、女王は産み分けることができる。続いて新女王バチを産む。働きバチがせっせとお世話をして数百に達した雄と新女王は、巣を飛び立ち、別のコロニー出身と交尾する。

女王はもう卵を産まず、羽も擦り切れ、ぼろぼろになって死ぬ。働きバチもすべてが死に絶え、巣の中は空になる。新女王だけが生き残り、森の朽木にシェルターをつくって冬眠に入る。

春にたった1匹から始まり、夏には数千にまで膨れ上がり、秋の終わりにゼロになる。生き残った新女王も厳しい自然のなかで次々に死んでいく。子孫を残せるのは数百の新女王のうちごく数匹、もしかしたらゼロかもしれない。それでも他のコロニーが生き残れば、種は保存される。

スズメバチはこの生活環を繰り返し、数億年を生き延びてきた。あたかもコロニーがひとつの生命体のようで、個体はもはや個体ではなく免疫細胞であるかのようだ。なぜ生まれて、なぜ死ぬのか。それは子孫を残すため、ただ一点に見える。


私は結婚もせず、子も持たなかった。たくさんの先達から「結婚はしろ」「失敗してもいいからしろ」と言われ続けた。「結婚てね、自分を騙すことなの。じゃないと結婚なんてできないの。ちゃんと騙されなさい」と居酒屋の女将は言った。「子どもが欲しいの。だから結婚したいの」と女性たちは言った。

自らを騙しきれなかった。破綻者であるという自覚を拭いきれなかった。子どもという存在は心の底から好きで、だからこそ子どもにはいい環境で育まれて欲しかった。

デヴィッド・リンチは学生の頃、父親から「お前は子どもを持ってはいけない」と言われた。彼に異常性を見ていたゆえだった。その後、彼はいくつかの結婚をして幾人かの子を設け、素晴らしい映画とドラマを撮った。


スズメバチは、自分を騙していない、または騙しきっている。そのどちらかであって、迷いが一切ない。「だから何?」がない。

個体はコロニーのひとかけとして、子孫を残すために生きることに迷いがない。短い生涯を平衡を保つためだけに費やす。結果を求めず、常に過程に在って、経年劣化せず、Gaiaを、Cosmosをかたちづくる。

子どもたちが遊ぶ冬の芝生。まだ熱い、原産国の分からない珈琲を含む。向こうに広がる森のどこかに、死屍累々の仲間たちを抱き、数億年のスズメバチを抱いて、新女王は眠っている。


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