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バスターミナルは夢を見ている
平たんではない道を、ぼろっぼろのバスで、十時間以上走る。眠りたくても硬いシートに跳ね飛ばされ、ガンガンと鳴り響く音楽で眠れない。音楽が鳴らなくなれば、カーステレオが壊れたとわかる。ドライバーは途中の街にバスを停め、カーステを取り外して店に持ち込み、修理を始める。
1時間、2時間と時は過ぎる。乗客のおばさんが泣き叫びながら非難する。いつになったら出発するのよ!ドライバーはどこ吹く風で、カーステが直るまでは出発などするはずもない。
私はもう慣れていた。バスの前を黒猫が横切ったことがある。ドライバーは停車して、不吉だからもう運転はできないとどこかに行ってしまった。
バスが停まり、蝿を払いながら飯を喰った。手で混ぜて手で口に運び、足りなければ鍋を持った少年が足してくれる。唐辛子で刺激しながらむさぼり喰った。感染力と免疫力の闘い。次はいつ喰えるかわからないのだ。
街に近づくと、バスの上に座っていた乗客が降ろされて車内に入ってくる。一応は違反行為である。警察官がバスを停め、中を巡視する。密輸品がないかを調べるのだが、乗客同士が協力して隠すので見つからない。
ぼってりと太った女性が無理やり私の横10センチの隙間をこじ開けて座る。圧迫と体臭であと数時間持つだろうかと思うのだが、死ぬことはないと私のからだは知っている。
バスターミナルに着いたのは真夜中だった。車上のリュックを降ろし、這う這うの体で降り立つ。日中は人で溢れかえるターミナルに人っ子一人おらず、漆黒の闇である。計画停電があたりまえで電灯もつかず、諦めた街は寝静まっていた。
家畜と人の排泄物や生ごみが腐り、粉塵と入り混じった饐えた臭い。街が街ごとドブのように発酵している。ここで暮らし始めてから鼻毛が異常に伸び、白くなった。無理だとわかっていても生体はフィルター機能を働かせようと作動する。
人々はどこにでもごみを捨て、排泄した。川はごみで埋め尽くされ、水が流れているのかどうかわからない。質の悪い燃料で走る車の排気ガスは大気を埋め尽くし、目を痙攣させ、肺に蓄積して寿命を十年縮めた。
闇に包まれたバスターミナルにも見えないだけで路上の物陰にうずくまり蠢き、朝を待つ人がいることを私は知っている。
慎重に場所を選んで、私も排泄する。さあ、どうしようか。私が暮らす部屋は街の反対側で、徒歩で数時間かかるだろう。危険も伴う。それでも私はリュックを担ぎ、歩きはじめた。
後ろから車が近づいてきて、脇に停まった。ワンボックスの古いバンで、運転席から男が声をかけてきた。どこまで行くんだい?私は地区の名前を告げた。乗れよ。ハッチバックドアが開いた。中には若い男たちが数人と楽器が積まれていた。
礼を言い、私は狭い車内に乗り込んだ。ここまでのバスに比べれば天国である。迎えてくれた男たちはみんな長髪で、楽器と機材から彼らがロックバンドであることは明らかだった。場所柄、それはとても奇妙だった。新宿バスターミナルでレニングラード・カウボーイズにピックされるようなものなのだ。
ロックバンドと私を乗せて、バンは暗い環状道路をひた走った。心優しき彼らは私のために相当な遠回りをしている。
あと3時間もすれば、けたたましく鶏が鳴きはじめるだろう。それから東の空が白みはじめ、街は眠りから覚める。間違いなく、また凄まじい喧騒に包まれる。
それまでつかのま気絶して、バスターミナルは夢を見ている。