絵本【UNTITLED】#22・絵×文の絵本づくり
ココロは、まっさおな雪の朝に生まれました。
ある時、ココロは、お母さんの笑顔を映した赤ちゃんの瞳でした。お母さんが抱きしめると、ココロはきらきらと輝きました。
ある時、ココロは、子犬を失った母犬を映した泉でした。母犬が悲鳴のように叫ぶと、ココロはふるえて、びりびりとさざなみが立ちました。
ある時、ぼくは思った。
ぼくはぼく。
ぼくのままで世界を感じたい。
ぼくはどこからきたんだろう?
何かをするために来たけれど、その何かがわからない。
そう思ったら、翼ができた。
春の風を受けてぼくは飛び立った。
「よう、きょうだい」
熊蜂がブンッと羽音をさせてぼくを追い越した。
「きみのことぼく知らないよ」
「立派な羽じゃないか」
熊蜂はブブブと笑った。
「からかわないでよ。真剣なんだ」
「どこに行くんだい?」
「どこか」
「何をしに?」
「何をしにきたのかを探しに」
ブウンと熊蜂は羽を鳴らした。
「おまえ、おもしろいな」
「おまえじゃないよ。ココロだよ」
熊蜂はぼくのあとをついてきた。
花畑の上を熊蜂とゆく。
「ココロ、ちょっとよっていこうぜ」
「ぼく急ぐんだよ」
「こういうのが大事なんだよ」
熊蜂があんまり誘うから、ぼくも花畑に下りた。
花たちが、春の陽射しをあびて、揺れている。
つぼみの花、咲いたばかりの花、しぼんだ花。
熊蜂と一緒に花の間を飛び回ると甘い香りがした。
蝶の恋人たちが、くるくるとダンスを踊っている。
熊蜂は、花に顔をつっこんで、蜜を吸ってまわる。
「ほら」
熊蜂は、羽についた花粉をくっつけてくる。
ぼくはくすぐったくて笑った。
今までいろんなものになったけど、笑ったのは初めて。
でも。行かなくちゃ。
ぼくが高く飛ぶと熊蜂も追いかけて来た。
山も川も越えて飛び続けるけど、どこも違う気がする。
ぼくの望むものはない気がする。
本当にあるんだろうか。
「ココロ、元気出せよ」
熊蜂はぼくにとまって言った。
「そろそろ花畑に戻ろうぜ」
熊蜂の黄色い毛がぼくに触れる。
「君ひとりで帰れば。ぼくはまだ探したいんだ」
それからずいぶん遠くまで来て、大きな町についた。
町には、たくさんの人がいた。みんな熊蜂はよけるけど、ぼくのことは見えないみたい。ぼくは空気なのかな。
誰もぼくの特別じゃないし、誰の特別でもない。やっぱり、ここも違うのかもかもしれない。
ぼくと熊蜂が飛んでいると、灰色の建物の小さな窓があいていた。ぼくはそばを飛んでなかをのぞいた。
「小鳥かしら。羽ばたく音がしたわ」
窓辺にはベッドがあって、女の子が寝ていた。なんだかぼくはいつか会ったことがある気がした。
「あの」
「だれ?」
女の子は窓辺まで来てぼくを見たけれど、灰色の瞳には何も映っていなかった。肩までのやわらかそうな黒髪が風にさらりと揺れた。
「ぼく、ココロっていいます。ぼくのこと知りませんか」
「ごめんね。目が悪いの」
「わたしはミチル。はいって」
ミチルが差し伸ばした小さな手にぼくはとまった。
「ふふ。あったかい」
ミチルは、細くて冷たい指でぼくをそっとなでた。
ぼくは毎日ミチルに会いに行った。
ミチルはいつも窓を開けてくれていた。
「わたしのかわいい小鳥が来た!」
笑うミチルを見るのが好きだ。
「ココロ、外はどんな感じ?」
「ツバメと一緒に飛んできたんだ。雲の隙間から落ちている光の柱を、くるっくるってまわってきたよ」
「わあ!いいなあ」
曇りの日は、「しずかで落ち着く」
雨の日は、「音がすてき」
どんな天気も、ミチルとなら好きになれそうな気がした。
熊蜂は一度も一緒に来なかった。
「だって、あそこは病院じゃないか。薬くさいんだ」
今日もミチルの所へ飛ぼうとすると熊蜂が言った。
「ココロ、もう行かない方がいいよ」
「なんで?」
熊蜂はだまっていた。
いつものように窓からミチルに挨拶しようとすると、女の人がミチルの顔に布をかぶせたところだった。
「ミチルは死んだんだよ」と熊蜂が言った。
「なんで…」
顔を上げた女の人を見て、ぼくはあっと声をあげた。ミチルによく似た黒い髪の女の人が泣いている。この人だ。ぼくが見ていたのは。
そうだったんだね。
ある時、ぼくはミチルで、ミチルはぼくだった。
ぼくたちは一緒に世界を見つめてた。君の世界はきらきらと輝いていた。
5月21日の文学フリマ東京に、絵描きさんと一緒に絵本をつくって参加します。ストーリーをあらかじめ設けず、絵と文を交互に制作する「絵×文」の絵本を共作しています。1ページずつ文・絵の順番で公開していきます。一緒に絵本が生まれる瞬間に立ち会ってください。
最新記事は、私のクリエイターページのトップに固定します。過去の流れは、マガジンにまとめました。
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