日本語教員試験2024体験記(教師スタイルの違い「家庭教師VS大手学習塾」編)
この記事は、「日本語教員試験体験記」の第18回です。
前回までの記事は、noteのマガジンにまとめていますので、合わせてお楽しみ下さい。
導入「家庭教師派遣会社の営業プロセス」
アルバイトの経験が蘇ったので、少しずつたぐるように書いていきます。現在では時代が変わって、状況が変わっていると思いますが、これから書くことは2000年代初頭の話です。
百花繚乱の「家庭教師」派遣会社
「家庭教師派遣の会社」といっても、様々な形があります。私が知っている累計だけでもかなりのものです。イメージしやすいところで言うと、代表的なパターンは文字通り「家庭教師を各家庭に派遣する」というもので、派遣元の会社に登録した講師が、保護者と派遣元会社が締結した契約内容に基づいて、講師が課程に派遣されてくるというものです。ここで注意が必要なのが、「派遣」といっても現在の派遣業法(「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律」)でいうところの「労働者派遣業」ではなく、「業務請負」で仕事を任せる形態もあるので、いわゆるハケンとは性質が異なるところがあることは、ご了承ください。ここでは、法律的な定義よりも、「先生が家庭に送られてくる」という現象に注目して、「家庭教師派遣会社」として述べていきます。
その当時、家庭教師を呼ぶのにいくらくらいかかったかというと、あくまでも私が知っている限りの事例ですが、月に2〜3万円というところだと思います。週1回90分で、7,000円×4=28,000円です。これに、入会金20,000円、年会費30,000円という感じです。これでいい先生が来て、子どもがやる気を出してくれて、高い私立じゃなくて都立に行ってくれた安いもん、という親の計算もあったことでしょう。実際に先生に入るギャラは、この月謝の半分以下なのですが、ま、それは別の機会で語ることにします。
広告では「おためしプラン」のようなものを提示して、ずいぶん安いなと思わせてきます。夕方になればひっきりなしにかかってくる電話営業でも、高そうなイメージの家庭教師だけど、こんなもんなの?と思わせる内容。「私、◯◯と申しまして、◯◯区の家庭教師先を探している◯◯大学の学生なんですけど・・・」から始まるこの電話、実は大学生でもなんでもなくて、見た目ド派手なフリーターの若者が、アピアランス(髪型・服装・容姿)に関わらず高時給でできるということで「アポインター(電話営業オペレーター)」としてかけてくることが多いです。
体験授業ということで、勉強嫌いなお子さんとも楽しくお話できますので、待っててくださいね!ということでアポになります。その後、海千山千の営業社員が事前の確認電話を入れます。すると「最初に電話をした◯◯という学生は、授業の都合で行けなくなりましたので、代わりに●●が行きます」ということになります。電話を受けた母親は、毎日ひっきりなしにかかってくる営業電話の中で、妙に感じがようくて、ウマが合う学生さんだったので、ウチの子とうまく話してくれるんじゃないかと期待していたわけですから、違う人が来るとなると、「なんかおかしいな?」ちょっとだけ警戒感が生まれます。
体験授業の日になりました。子どもには話を聞くだけだからと伝えて待たせています。ピンポーン、とやってきたのは、イケメンのお兄さん。息子(娘で)も母も目がハート。一流大学の学生証を提示されて、なんて素敵な人なのだろうと、話に惹き込まれていきます。「家庭教師なんか、塾なんかいいよ、勉強は自分でするものだ!」と言い、自分のお小遣いを減らされる心配をしていたお父さんさえも、息子にこんな大学生になってほしいという夢が見えたのか、やってきた大学生と話が盛り上がります。
大学生「(息子)くんは、勉強をやりたくないってわけじゃないんだよね。どうやっていのか、やり方がわからないだけなんだよね。」というところに、前半戦の楽しいトークから着地していきます。いきなり家庭教師の先生が来ると言われて警戒感むき出しだった中学生が、キラキラのイケメン大学生が楽しいトークをしてくれるものだから、心を開いて学校の様子などや進路に向けて親に怒られていやになっちゃっている本音をさらすのです。
ここで、この大学生が魔法のような「体験授業」を披露します。親も一緒に、真っ白な紙の上に展開される授業を見て、「これはわかりやすい!うちの息子にはこういう教え方がいい」と突き刺されてしまうのです。この「体験授業」は、営業マンとして送り込まれてきた、さっきの電話部隊とはまた別の人種が、徹底的に練習したプレゼンテーションなのです。テンションも高い。間違っても怒られない。数学パターンも英語パターンもあるのですが、一つ一つ数式が書き込まれる紙を見ながら、家庭教師の先生となら、うちの子もどうにかなるかも!という気持ちが固まっていくのです。
この営業担当の大学生からすると、この体験学習でどれだけ突き刺しておけるかが、この次の展開に大きく関わってきます。なにしろ、この大学生本人が、来週から勉強を教えてに来てくれるわけではありません。読者もおわかりのように、実際にやってくる先生は、別の大学生です。研修はありますが「勉強を面白く楽しく教えるスキル」が特段高いわけではありません。
ひとまず続けます。大学生「実際に来る先生は私ではありません。」親、「えっ?そうなんですか?せっかく(息子)が気に入ったのに。」とがっかり。大学生「私たち●●会社の家庭教師は、みんなしっかりとした研修を受けています。だから、家庭教師を派遣するといって、実際には高いテキストを買わせて、先生と合わなかったからチェンジして欲しいっていっても面倒見てくれないような会社とは違うんです。家庭教師の先生と、●●会社と、(息子)さんが一丸となって頑張っていくんです!となります。
がっかり要素が一転、(息子)にとってのメリットに切り替わりました。先生を紹介して終わりじゃなく、研修をしっかりやるから、会社はコストがかかる。だから、入会金も必要、年会費も必要というように、一つ一つ大学生営業マンは説明していきます。父親もいつのまにか、「うむうむ。まともな会社ならそうだろう。」と納得していきます。もはや、この大学生、家庭教師の顔じゃなく、どこかの銀行や証券会社の営業マンなみのモードです。3時間ほどの滞在で、たっぷりとケアのトーク(クーリングオフ回避ねらい)を打った上、しっかりと契約書に印鑑をもらい、入会金も現金で回収して、会社に帰っていくのでした。
エピソードの中で「教材を売るのが目的の家庭教師の会社」と書きました。教材を売ること自体は悪いことではないのですが、高額な教材セットをクレジット・ローンで売りつけられ、いつまで経っても家庭教師が来なかったという例があったそうです。実際にはいい先生が来て、教材は高かったけど、結果としてはよかったという家庭もあるので、どの会社が正義で、どの会社が悪かということはいえず、全てはケースバイケースです。しかし、それぞれの会社はライバルですから、「他社切りトーク」を徹底してやって「そのような勉強方法はお子さんのためになりません」と説得してくるんですね。そこには教授法の理論もクソもありません。ただ、どの営業マンを信じられるかということ。・・・あれ、これって、住宅販売や、保険とも同じなのですかね。
このような家庭教師派遣会社の営業のスタイルとして、学習者ニーズをとにかく広げて、「家庭教師と勉強する」というやり方に着地させるものという言うことができます。病院に言ったら、とにかく薬を飲めと言われた。家電量販店に行ったら健康グッズを買わされた。時代劇の再放送を見て、サプリメントの安いお試しを頼んだら、「がんばって続けましょうね」と営業されて、結局断れなくなった。誰しもが、何かしら経験するところです。
こちらの弱み(ニーズ)が、相手のメシの種。ダイエットサプリを買ったが、やせられなかった。でも文句言えない。なぜならば、こっそりアイスクリーム食べちゃったから。家庭教師を呼んだけど、成績上がらない。なぜならば、先生来ない日以外は全く勉強していないから。うまくいかなくても、弱みが自分にある以上、文句は言いにくいものです。しかし、現代ほどではないにしても、やがて会社にはクレームの嵐。最初に言ってたことと違う!!って揉めまくるわけですね。
しかし、何をどう文句を言っても、切り替えされます。「(息子さんの)勉強方法をもっとよく改めるために、週に1回を2回にしましょう!」と提案され、やめるつもりが余計にお金を払うことになってしまったりするケースもあります。親というものは辛いものですね。とにかく、最初の「体験授業」で見てしまった夢が、最後まで忘れられず続くのです。
「家庭教師のスタイル」の一つとして
私は今回の記事で、家庭教師業界の批判をしたかったのではありません。各社が、これほど頑張って生徒を「取りに(契約を獲得しに)」いっているという話を、予め導入しておきたかったのです。
この会社が派遣する家庭教師のスタイルは、営業だけでなく、実際に「研修」を受けてきた大学生も、かなり生徒に寄り添った、優しいスタイルの教え方になります。「太郎君、一緒に頑張ろうね(満面の笑み)」で、怒らず、叩かず(当然ですが)、褒めて、励ましていきます。
これが、一般的な「家庭教師としてのあるべきスタイル」だと定義するつもりは全くありません。そもそも、「家庭教師」とは、アニメ「サザエさん」でも、「ドラえもん」でも、「キテレツ大百科」でも、「勉強させにくる怖い人」というイメージで描かれてきました。だからこそ、この家庭教師派遣会社は、その逆張りでシェア取っていったとも言えます。
現代では、個別指導といいながら、教師不足もあって、実際には1対少数、それもタブレット等での「動画」授業にまかせていくスタイルが増えていますが、それはまた別の回で研究することにしましょう。
中学受験指導の大手学習塾
一方、学習塾ではどうでしょうか。ここでは、地域の個人塾ではなく、中学受験に向けて、ハチマキを締めて「頑張るぞー!!」とやっているタイプの塾です。こういった塾で、講師が生徒一人ひとりに、「太郎君がんばろうね」と寄り添うことはありません。授業外でもサポート体制はいろいろあるでしょうが、集団で、勉強の猛者が集まる上位の塾。先生たちも授業評価がギャラに直結していますから真剣です。
チャイムが鳴って、授業が始まろうかというときに先生が登場。第一声が、「うるせぇ、黙れ!!!」です。ちょこっとだけアルバイトで行っていた私。先程までの家庭教師の会社の経験があったものですから、スタイルの違いに驚愕したのです。え?こんなん言っていいの?と。
その先生は、実は人気があるんですね。生徒に寄り添っていない先生ではありません。様々な文脈があり、信頼関係もあります。しかし、小学生が放課後塾に来て、楽しくキャッキャとしているわけですから、静かなわけがありませんから、登場した瞬間は、「うるせぇ!!!!!黙れ!!!!!」から入るのです。
あんな言い方は不適切だ!!とまでは、思いませんでしたが、びっくりしたのは事実です。「太郎君頑張ろうね方式」に浸かっていた私に、あんなことは言えないと思いました。しかし、大手塾の名物先生は、家庭教師の営業マンとはまた違った意味で、学習者の心を射止めているんですね。一回きりの体験授業ではなくて、本物の授業で突き刺しているからこそ可能になるコミュニケーションのスタイルがあるのだと、今になって整理がつきました。
「日本語教師が」「学習者に」「日本語を」「教えます」の中にある無限のパターン
今、私は日本語教師として仕事をしていますが、これら家庭教師の会社や大手学習塾の「全く異なるスタイル」で衝撃を受けた経験を思い出して、日本語教育も様々だから、何事も一概に言えないことを痛感します。
日本語教師といっても、本職からボランティアまで、日本語学校からオンラインまで、ありとあらゆる教え方があります。ついつい発信するときに、「日本語教師は」と書いてしまいますが、学習者のニーズによって様々なスタイルの教師があることを、日本語教員試験が終わった後からもたくさん知っていっています。読者の皆様や、SNSでの声というものは、本当に参考になりますし、勉強になるきっかがたくさんありますね。
最近、「主語が大きい」というフレーズを見聞きします。その名詞では、対象を一概にくくることができないということですね。「日本語教師が」「日本語を」「学習者に」「教える」と、分けた場合、「日本語教師が」という括りが一体何を指すのかということは、慎重に定義しなければなりません。また、目的語の方の「日本語を」の方も、どんな日本語を、どれくらい教えるかというのは、日本語教育参照枠を活用するという課題の文脈でも、範囲を括ることが難しいところです。さらにいえば、「教える」という述語、と、それにかかる連用修飾語(あるいは副詞的要素)と合わせて、「太郎君頑張ろうね」スタイルで教えるか、「うるせぇ!!!!!黙れ!!!勉強するぞぉおおお!」スタイルで教えるか、様々なパターンがあります。
教師側から考えたら、私はこっちのパターンで仕事をしたい!とか、こっちのパターンでは無理だ!と、予め思ってしまうかもしれません。しかし、これらは、やってみないとわからないことばかりで、教師がやりたいスタイルだけを貫いてお客が取れる時代ではなくなってきていることからは逃れられないのかもしれません。
まとめ
「学習者のニーズに沿う」とはどういうことかを考えていたら、家庭教師会社と大手学習塾のエピソードをどうしても導入しておきたいと思って、今回の記事となりました。また、次回以降、こちらの導入内容を前提に展開していくことがあると思います。日本語教師を目指す方々、ご自分の人生という文脈の中で、今回の記事をどうお読みになったでしょうか。日本に留学してきた学習者たちがどのような「夢」を持っているのか、その夢に向かった学習者にニーズに寄り添うとはどういうことなのか、様々な形で働く日本語教師にとっては永遠の課題かもしれません。
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