小さな巻物を使って極小の世界にマイクロモニュメントを作る
芸術作品ってどう表現したらいいかわかりませんが、とにかく私たちの感情に何かを訴えてきますよね。
今回は、そんな芸術作品とよく似た構造体を微小な世界に作り上げた研究を紹介します。
ブリュッセルのアトミウム
みなさんはブリュッセルにあるアトミウムという芸術作品(モニュメント)を知っていますか?
私は論文を読むまで知りませんでしたが、こんな建造物があるようです。
Wikipediaによると、このアトミウムは鉄の結晶構造を1650億倍に拡大したもだそうです。ちょっぴり科学的なモニュメントですね。
今回紹介する論文では、研究グループはこのアトミウムという芸術作品を微小な世界に作ってしまいました。
高分子を使ったナノの巻物
当然、芸術作品を作るのは目的ではなくてあくまで結果です。研究の目的としては微小な世界で3次元の複雑な構造体を作ること。そして作製した材料は温度やpHといった環境の変化によって構造を変えるというのです。
そんな魔訶不可思議な構造を作製するのに欠かせないのがナノスケールの小さな巻物だそうです。
次から次へとよくわからないものが出てくるので一つずつ紹介していきましょう。
研究グループは胆汁酸塩誘導体ナフトイルアミン置換コラートナトリウム(NaNAMC)という超分子を作製しました。胆汁酸~~ってなんだ?暗号か?って思いますよね。私もそう思いました。
まあとにかく、サイズが大きい分子だと思えば大丈夫です。なぜなら、今回はこの物質の化学的な性質ではなくて、物理的な特性が大事だからです。
この超分子は平面上の物質なんですが巻物のように丸まって2巻きの筒状になるんです。
そしてこの筒がとっても小さな粒子をつなげる結合手になるんですね。
小さな巻物は小さなビーズをくっつける
さて、冒頭に紹介したアトミウムをつくつためにはビーズも必要ですね。
そこでマイクロゲルの小さな粒を用意して、上述した巻物を使ってくっつけます。
ここで疑問として挙がるのは、どのような力で粒子と巻物(筒)がくっついているのかという点です。この手の研究において可能性として高いのは電気的な力です。静電力ってやつですね。
そこで、研究チームはプラスの電荷を持つ粒子とマイナスの電荷を持つ粒子に対して、それぞれ実験を行ってみました。すると、プラスやマイナスに関わらず筒は粒子にくっついたようです。
つまり、この巻物上になった筒は電気的な力で粒子とくっついているわけではないことがわかりました。そしてビーズは同時に電気的に異なる物質であっても同様に利用可能であるということが分かったわけです。
研究グループは、巻物である超分子の構造から推察するに疎水性相互作用による結合と考えています。疎水性相互作用とはあまり聞きなれない言葉かと思いますが、要は水が嫌いな物質を水の中に入れたとき、水が嫌いな(疎水性)物質同士がくっつきあう現象です。
3次元構造が生まれる
このようにして非常に小さな球状のマイクロゲルを巻物と混ぜてやるとビーズに筒がくっついたようなものができます。
次に、水の中に入れるこのビーズ(マイクロゲルの粒)の濃度を少しずつ増やしていきます。するとある一定の濃度を超えたとき、筒状の巻物がボールを互いに結合して3次元のネットワーク構造を形成しました。
さらに面白いのは、この3次元ネットワーク構造、つまりマイクロアトミウムは温度とpHにとても敏感であるという点です。
温度を30~35℃ぐらいまで上げると巻物部分である超分子の構造が変化して、この3次元ネットワークは崩壊します。一方で温度を20℃まで冷やすと元の3次元ネットワークを再構成するようです。
さらにpHに関しても、同様にセンシティブに構造を変えます。溶液のpHが11.5以上の強いアルカリ性を示すとこの3次元ネットワークは崩壊しpH9.5以下になると再びネットワークが構築されます。(pHというのは酸性とかアルカリ性ってやつですね。pHが7が中性でそれより小さいと酸性、大きいとアルカリ性です。)
環境によって形が変わるというのはまるで生き物のようで面白いですよね。
それじゃあこれが何に使えるの?ってところですが、このような外部の環境刺激に合わせて構造を変える物質はその特性に応じてセンサーなどへの応用が考えられます。例えば、今回作られたマイクロアトミウムは温度センサーやpHセンサーへの利用が最初に思いつきます。
最後に
参考文献にも表記していますが、この論文のタイトルがSupracolloidal Atomium(スーパーコロイダル・アトミウム)ということで、小さな粒子(コロイド、ここではマイクロゲルのこと)で作った芸術作品アトミウムという超シンプルなものです。
正直、短いタイトルの方がインパクトがあって注目されやすいんですが、これほど攻めたタイトルというのはなかなか見ないので驚きでした。
そして、タイトル詐欺ということは全くなく、その内容もしっかりしたものでしたね。この研究チームなかなかすごいです!
参考文献
Supracolloidal Atomium
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsnano.0c06764