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芸能人妻、デビューします!3 はじめて



夫が個人事務所を設立した当初、私もマネージャーのような形で現場に何度か足を運ばせてもらっていた。

アイドル英稔紀(はなふさなるき)のファンはやはり女性が多く、女性誌での撮影や取材が多かった。
その中に、私が中高生の頃に読んでいたティーン誌もあり、隣のスタジオではまだ中高生だと思われるモデル達がワイワイ楽しそうに撮影していた。当時紙面で見ていた世界が実際に広がっていて、感慨深かった。そして少し懐かしかったりもした。

撮影現場を見学していると、あの頃憧れていたモデルのMaiさんがいた。

「おつかれさまです」

見惚れていると、挨拶された。あの頃より大人になったMaiさんはとても綺麗。

「Mai さん、おつかれさまです」
「もしかして、英稔紀の?」
「はい。英の妻です。お世話になっております」

Maiさんは、夫の元カノ。
2人の熱愛が騒がれていた当時私は中学3年生だったので、同い年の2人は18歳とかだったと思う。

「お名前は?」
「聖和(せな)です。実は私、昔からMaiさんのファンで。当時Maiさんがモデルをされていた雑誌のオーディションも受けたことがあるんです」
書類審査は受かった。けれど、遠方での2次審査は親に反対されて辞退するしかなかった。

「聖和さん、ね。そんなに応援してくれていたんだありがとう」
そこから連絡先を交換し、仲良くなった。夫には秘密だけれど。

「ねぇ聖和、うちの事務所、どう?」
Maiさんに誘われてホテル内のカフェでお茶をしているとそう言われた。

「どう、とは?」

「聖和って業界人じゃないママなのにスタイル良いし、可愛いし、綺麗でママには見えない。良い意味で」

この頃、娘は幼稚園に通いだし、夫に育児などを任せることができるようになったので、私は見た目にも気を使って綺麗にみせることができていた。
31歳になったが、5歳は若く見えると最近よく言われる。

「はぁ」
「だから、モデルとか興味ない?ってスカウト」
「興味は、あります」
「チャンスは自分で掴まなきゃ」
「やってみたいです」
「よしよし、早速うちの事務所行こ」

と、あれよあれよと私はMaiさんと同じ事務所に所属することとなり、モデル活動を始めた。
最初はMaiさんがプロデューサーを務めるアパレルブランドのモデルから。

「聖和、表情固いよー視線は外して、そう、こっち」
カメラマンの後ろでMaiさんがアドバイスしてくれるが、いっぱいいっぱいでそれどころではない。

何度もポージングや表情の練習はしていたのに、いざカメラの前に立つと緊張して固くなってしまう。たくさんシャッターを切られている間に、様々なポーズを被らないように繰り出すのは、なかなか至難の業だ。モデルさん、すごい。

デビューしてから徐々に仕事が増え、夫が英稔紀であること、4歳の娘がいることを公表した。

最初は、奇異の目で見られた。しかたがない。突然アイドルを辞めて芸能界から干された人の妻、だもの。
しかも子どももいるなんて。元ファン達が受けるショックは相当だろう。

私は来る仕事、できる限り全て受けた。どんなに小さな仕事でも、オファーしてもらえるだけありがたい。

夫が無職になって、生活は困るほどではなかったけれど、預金は減っていく。娘の将来なんかもあるわけで、不安にはなる。ならないわけない。

ママモデル、ママタレントとして私は徐々に地位を確立していった。
たくさんオーディションも受けたし、たくさん不合格ももらった。でも、諦めずに受け続けてよかった。
地上波やネット配信を問わずバラエティ番組に出演したり、いくつかのファッション誌のモデルにもなった。
スポットライトを浴び、私は誰かの妻とかではなく、聖和として多くの人に認知されるようになった。そして私が表に出ることで、娘のことはそっとしておいてと、顔出しはしないと宣言することができた。


夫は相変わらず無職で、人に見られることがなくなったからか辞めてから徐々に太ってきた。まだ34歳とかなのに、急におじさん。筋トレも、皮膚管理も、サボるようになった。

〝太りにくい体質なんです〟

って雜誌で言っていたくせに。それは影で努力していただけで、普通に太る。普通の人と同じ。

歳を重ねることは悪いことだと思わない。無理して抗うことではないけれど、少しは魅力的に見えるように努力してほしい。

私がワンオペで子育てしていたときと比べて格段にラクではないか。娘はきちんと夜は寝てくれるし、私だって合間を縫って世話も家事もする。

今だって独身時代と比べて睡眠時間は少ないが、ちゃんと母親もして、仕事もしてる。見た目にも気を使っているし、できないわけはないと思う。

「母親は強いね」

って言うけれど、強くなるしかないのが母親。
小さな命を、自分の命をかけてお腹の中で育て上げ、命をかけて産み、自分の時間を削ってまで子育てをする。

「強くならなくていいなら、なりたくなかった。ならざるをえなかったんだよ」
「ごめん」
「産まれた後、稔紀がしっかり父親をしてくれていたらよかったのに」
「ほんと、ごめん。次はがんばるから」
「ねぇ、次もあると思ってんの?今の稔紀には全然魅力を感じないんだけど私」

もう何年もレスだし、私たち。

「え、」
「お仕事で今旬のイケメン俳優や稔紀の後輩アイドルと一緒になること多いから、やっぱり目が肥えるの」

急に黙った。なんかちょっと泣きそうに見える。昔は泣き顔もきれいだったのに、今の姿じゃ全くときめかない。

「じゃ、おやすみ」

自分の寝室に戻ると、娘が気持ちよさそうに眠っていた。

「ちょっと、酷かったかな」
綺麗にブローされた娘の髪をなでながらそうつぶやいた。彼なりに頑張って子育てしてくれてる。分かってる。



「Maiさんは、なんで英と別れたんですか?」

久しぶりに撮影で一緒になったMaiさんに気になっていたことを尋ねてみた。

「えー、気になる?そんな昔のこと」
「気になります。Maiさんの長年のファンとして聞きたいです」
「私が別の人を好きになったから、かな」
「てっきり英が浮気でもしたのかと思ってました」
「あー、浮いた話は多かったけど、特定の相手ができたら一途なやつじゃん?今も浮気してないでしょ」
「はい。浮気してくれてたほうがマシってくらいですけどね」
「めんどくさいしね、浮気すると色々」
「わかります。よくやるなーって思います」
「私が、愛されるだけじゃつまらなくなって、追いかける恋をしたくなったんだよね」
「追いかける、恋、」
「まぁその相手が既婚者だったみたいで、危うく不倫になりかけて、急遽海外に行くことになったの」
「それで、活動休止してたんですね」
「そう。リフレッシュもできたし、誰も私を知らない場所はすごく快適だったよ。海外おすすめ」
「行ってみたいなぁ」
「アレ?海外旅行したことないの?」
「はい。結婚前に海外旅行したいねーって言ってパスポート取ったのに、できず終いで」
「パスポートあるのか、よし、じゃあ今度一緒に行こう」
「え、どこに?」
「ひみつ。そのうちわかるよ。ついでに英も連れて行こう。パスポートの期限確認しておいてくれる?あと娘ちゃんのも」
「わかりました」


成田空港から乗り継ぎ1回を経て、イタリア、ミラノのマルペンサ国際空港へ到着した。日本を出発してから約18時間も経っており、ミラノはまだ20時過ぎだが日本時間では夜中の3時頃。
フライトの疲労感と時差で体が混乱していて、とにかく早く寝たい。娘の紀和(きわ)は疲れ果てており、ベビーカーですやすやと眠っている。

先に入国していたMaiさんが迎えに来てくれた。

「フライトお疲れさま。とりあえずホテル向かおう」
全員で車に乗り込むと、やっと落ち着けた。

「1時間以上かかるから、寝てていいよ」
というMaiさんのお言葉に甘えて、私は背もたれに身体を預けて眠りについた。

街の中心部に位置するホテルは、どこに行くにも近くて絶好の立地だった。

朝、ホテルのビュッフェを楽しんでいると、同じホテルに滞在しているMaiさんに話しかけられた。

「今夜17時、部屋に用意している衣装を着て集合ね。それまでは観光でも楽しんで」

「はい。ありがとうございます」

ドゥオーモや博物館をまわり、ガレリアでショッピングをしたあと、ピッツェリアで本場のピザを楽しんだ。窯で焼かれたピザはカリッとしていてふわもち、美味しすぎる。

満腹になった娘は眠ったので、午後はゆっくり美術館を見て回る事ができた。なかなか満足度の高い旅だ。

「紀和のことは見ておくから行っておいで」
と、夫に後押しされ、着飾った私はMaiさんのもとへ向かった。

「ここだよ」
連れてこられた場所は、今回のお目当てのコレクション会場。Maiさんとともに、警備をくぐる。

最前列には世界中の有名な俳優やアイドルなどが集まっていて圧巻。

なんかもう、凄かった。キラキラしていた。

「Maiさん、ありがとうございました」
「凄かったよね。見てる側も、また見られているし緊張した」
「Maiさんも緊張するんですね」
「そりゃあね」
と、いつの間にかMaiさんは他のモデルやデザイナーとツーショットをお願いされたようで、キラキラした世界へ戻っていった。流石としか言いようがない。

夢のような時間だった。まさか自分が、こんな華やかな世界に飛び込めるなんて。ショーのモデルの中に日本人も数人いて、私も頑張ろうと思えた。



翌日、ゆっくり観光する時間が取れるのはこの日が最後ということで、少し遠くへ出かけてみた。電車に揺られて1時間ほど。ベルガモという街に着いた。

丘の上にある、城壁に囲まれた都市。中世のヨーロッパの雰囲気があり、世界遺産にもなっているらしい。

フニコラーレと呼ばれるケーブルカーに乗り、旧市街のチッタアルタへ向かう。なかなか高低差があり、どんどん変わっていく景色にワクワクする。
夫と娘も楽しそうに外を眺めていて、来てよかったなと思った。

雰囲気のある街を散策すると、お腹が空いてきたのでカフェに入った。どうやら古くからあるカフェのようで、お店は賑わっていた。人気なようで空いている席は予約済。
運良くテラス席に座っていた日本人のお姉さんが席を分けてくれた。

「ありがとうございます助かりました」
「いえいえ、私一人なのに大きな席に通されちゃって、申し訳なかったのでちょうどよかったです」
グラスワインを飲みながらそう話すお姉さんは私より少し若そうだ。

「ご旅行ですか」
「はい。初めての海外旅行で家族旅行です」
「いいですね。娘ちゃんも良い子にしててえらいね」
注文した料理をもぐもぐ食べている娘に優しい視線で見つめてくれる。

「ありがとうございます」
「チッタアルタ、どこか観光しました?」
「街歩きをしたくらいで、まだ特には」
「それなら、いろんな教会があるので行ってみてください。私のおすすめはサンタ・マリア・マッジョーレ教会です。本当に綺麗なので、ぜひ」
「行ってみます」

そのお姉さんはヨーロッパに長期滞在中で、時間ができるとカメラを持って様々な場所へ出向くらしい。フットワークが軽くて羨ましい。

「じゃあ、私はそろそろ。あ、お写真1枚いいですか?」
「大丈夫ですよ」
「じゃあ撮りまーすはいチーズ」

写真を見せてもらうと、柔らかく微笑む私達3人が写っていて、とても良い写真だと思った。


食後のエスプレッソまで堪能した私達は勧められた教会へとやってきた。

パイプオルガンの美しい音色が響き渡り、天井をぐるりと見渡すと全て金色に輝いていて、とても素敵だった。なんというか、
「わぁ…」
それしか出てこなくて、娘も
「キラキラできれい」
なんて目を輝かせている。

すごく、素敵だった。

のんびりゆったりと過ごせて、ここに来てよかったと何度も思った。


帰りの車内。

「ゆっくりできてよかったね」
「うん。紀和も楽しそうでよかった」
夫はそう言いながら、膝枕で寝ている娘の頭を優しく撫でる。気持ちよさそうに眠る娘は、天使のようだ。

日本にいる時よりものびのびと、はしゃいでいて本当に楽しそうだった。

ピコン

あのお姉さんからメッセージが来た。

〈素敵なお時間ありがとうございました〉
沿えられた写真の私達は、本当に幸せそうに見えた。





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