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色なき風と月の雲 15
仕事やジム、習い事などで慌ただしく過ごし久しぶりに舞台を観に行った。
かつて自分が所属していた劇団。
懐かしいあの箱へ足を踏み入れると、大勢のお客さんで埋め尽くされていた。
あれ以来、徐々に知名度をつけ以前より精力的に活動をしているらしい。
共に舞台を創り上げていた仲間の輝く姿やお客さんの笑顔を見られてよかった。安心した。
終演後、足早に帰ろうとするとスタッフに捕まった。
「よかったら楽屋に来てください。皆さん喜ばれますよ」
来るなんて言っていなかったし、手土産もないので申し訳ない。
─今日は帰ります
そう言おうとしたのに、スタッフは返事を聞く前に私の手を取って歩きだした。
舞台が終わったばかりでバタバタしている舞台裏を眺めると、とても懐かしくなってきた。
徐々に演者たちも戻ってきて、
「久しぶり」
なんて、挨拶をしてくれる。
急に辞めたし、撮られて炎上するしで迷惑を被ったはずなのに、みんな優しい。
お世話になっていた先輩や可愛がっていた後輩に抱きしめられながら、仲間の尊さを思い出した。
とある日、仕事の付き合いで割と有名な人との飲み会に誘われた。
全然乗り気では無かったが、人脈づくりのためだと思って参加した。
偶にある、こういった飲み会。私みたいな中途半端な女優や、SNSで少し有名な可愛い子を集めて開かれる接待みたいなもの。
名前を覚えてもらい、程よく嫌われない程度にあしらいながら今まで過ごしていた。なのに、今回の人はどうやら私を気に入ったらしい。
テレビやメディア越しに見ていると、良い人という印象が強いのにお酒を飲んだからかとても傲慢で横柄になっている。
私を横にキープし、いやらしく触ってくる。正直キモチワルイ。
「このあと2人で飲み直そうよ」
タバコをふかし、ニヤニヤしながら誘ってくる。もう本当に耐えられない。
「ごめんなさい、明日朝早いので」
そんなの知るか、と言わんばかりに腕を掴んでくる。
「行くぞ。ここに来てるってことはそういうつもりだろ」
んなわけあるか。誰がお前なんかと。
こんな時に思い出すのはいつも麗さん。売れっ子なのに優しくて、お酒を飲むと可愛くて─
軽く揉めていたときに私を助けてくれたのは─麗さん、ではなく背の高い人物。
帽子を被り、メガネを掛けた人物が
「俺のなんですけど」
そう言いながら私を引き寄せてくれた。
怯んだ相手はクソッと捨て台詞を吐いて他の女の子の方へ向かっていった。
「ありがとうございます」
背の高いその人をよく見てみると、私のかつての推しではないか。
「え、和翔さん?なんで?」
麗さんと同じグループの和翔さんは近くで友達と飲んでいたらしい。
麗さんが飲みの席にいるわけないもんなぁ。
推しに助けてもらったのに、残念に思ってしまった自分がいた。
「美崎さん、だよね」
「あ、はい」
そうだよね、同じグループだから知ってるよね。
「最近の活躍見てるよ」
「ありがとうございます」
「いつか一緒に仕事ができたらいいね」
タイプの顔で微笑まれるとオタク心か恋心か分からないが、ドキドキしてくる。
「じゃあまたね」
和翔さんは元の席へ戻っていった。
そのまま私は抜け出し、先程交換したばかりの連絡先へ
〈さっきはありがとうございました〉
とだけ送った。
夜風に当たりながらふらふらと街を歩く。
名前を売るために身体を売るなんて、やりたくないんだよな。
前みたいに自分を安く売るのは辞めようと決めていた。
この数年、頑張ってきたのでそろそろ踏み出しても良いのかな。叶わなかった恋は心の引き出しにしまっておこう。
和翔さんは、たまに連絡をくれた。麗さんについての話題には触れず、ただ日々のアレコレや美味しかったもの行った所など、普通に接してくれてありがたかった。
少しずつ、日々にゆとりをもてるようになってきた頃
〈今度一緒に仕事できるかも〉
そうメッセージが来た。
〈なんの仕事ですか?〉
〈映像作品。キャスティングにいい人いない?って聞かれたから、推薦しといた〉
ショーや雑誌のモデルなどが中心だったので、映像作品に出られるのはありがたいこと。しかも和翔さんが出るとなれば、それなりに予算のある作品だろう。
今後仕事が増えるチャンスかも、そう思いオファーを快諾した。
撮影は映画と、その主題歌となる和翔さんのソロ曲だった。
配役はヒロインではなく、和翔さん演じる主人公の過去の想い人。なかなかヘビーな役。登場シーンは少ないが、その割に重要な役ではあった。
MV撮影ではまるで友達以上恋人未満な雰囲気。割と平和な撮影だった。
グループではラップを担当している和翔さんですが、ラップだけでなく歌も上手くて、多才さに驚いた。
その後から映像作品への露出が少しずつ増えだした。相変わらず脇役ではあるが、セリフはしっかりある。
清純派ではないが、演技派として少しずつ認められてきた感じはあった。
和翔さんとの映画やMVが公開され、反響もよく、この組み合わせでの仕事依頼も増えてきた。
バラエティに出たり、ラジオで喋ったり。
ついにはCMまでも。CMはとてもやりたかった仕事なので感激。
撮影するものは人気の冷凍食品。何度も食べる角度などを調節する。
緊張していた時に声をかけられた。
「紗楽ちゃん、だよね」
振り向くとスーツを着た同い年くらいの男性が。
「どちら様ですか?」
誰だろう?
「宮河俊也(みやかわとしや)です。同級生!高校の。」
申し訳ないけれどあんまり覚えていない。
首を傾げていると、スマホで画像を見せてきた。
見てみると、体育祭だか何かの集合写真。確かに私も、彼も写っている。でもあんまり思い出という思い出がなく、記憶を辿っても殆ど思い出せない。
連絡すら取っていない人のことなんて、顔も名前も思い出せないんだよな。
「ごめんなさい、思い出せなくて。すみません、行かなくちゃ」
まだ撮影が残っていたので、私は逃げるように彼の元を去った。
オリジナルのフィクション小説です。
題名を「初めて書いた物語」から「色なき風と月の雲」に変更しました。
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