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とろ日記(12/16〜文学フリマ)
去年の12月から、文学フリマのことが気になっている。
何気なく文学フリマに行ってきた方々のnoteを読んだら、うぉぉぉぉぉ!!!(炎)という感情が芽生えたのだ。
行ってみたい!!!
あわよくば、出店してみたい……かも。
行こうと思えば、行くことはできる。でも、出店することは容易ではないはずだ…。
まずはリサーチ、とユーチューブで「文学フリマ」と検索してみる。意外にも、動画はあまり見つからない。それならばと、ひたすらnoteで記事を読み漁る。まだ文章も書けていない・体裁も考えていない状態なのに、印刷所のサイトまでチェックした。
ひとまず、文学フリマが東京ビッグサイトで開催されたのが2024年初だということ。年々規模が大きくなっていることなど、初歩的な知識は得た。あとは、初めて出店する方も勿論いるが、何度も出店している方や、出版社の方といった熟練者たちも多くいるなぁという印象を受けた。
夫に、文学フリマっていうのがあって…。
(〜軽い説明〜)
行ってみたいな〜。出店してみたいな〜と話してみると
「いいじゃん!」
と二つ返事を貰った。
ただ
「文学じゃなくて、初めてコミケに出した人の漫画レポを読んだことがあるけど…。
初めてでは売れないと思ってたほうがいいよ」
という現実の言葉も貰った。
「そうだよねぇ〜」
分かっていたつもりだったのに、はっきり言われるとズキンとも、ズシンとも感じるようなものがあった。
そうなのだ。
文学フリマで検索しようとすると、候補に「売れない」という言葉が出てくるくらいなのだ。
いろいろな方のnoteを読ませていただいた中にも、
事前の宣伝が大事とか、手に取ってもらえる装丁も必要とか、他にもたくさん書いてある。
努力なしには売れない、興味を持ってもらえないということだ。
ひとりポツンと座るわたし。
チラシを受け取ってもらえないわたし。
1冊も手に取ってもらえないわたし。
コミケが出てくる映画『メタモルフォーゼの縁側』を観ていたわたしは、文学フリマと雰囲気を重ね合わせて場面を想像した。わたしが出店するのはまだまだ早そうだ〜という気持ちになってくる。
文学フリマnoteを読んでいる中で、
売れる売れない関係なしに、文学フリマへの出店を目標にするというものがあった。期限を決めることでやる気も出るし、書きたいことを書き切れるという。
これだ!!!
わたしが文学フリマに出店するとしたら、この立場でいかせてもらおうと思った。
正直、売るという理由だけでは、簡単に気持ちが折れそうなのが予想できる。
2024年のクリスマスは少し早いが、12月20日(金)にケーキを食べた。24日はいつも通りのごはん予定だったので、焦らず洗濯掃除ごはんの準備をする。
空き時間に再び文学フリマについて調べていると、百万年書房の『お悔やみ申し上げません』という本のタイトルが気になった。百万年書房。
前にエッセイ本を探していたときに、早乙女ぐりこさんと向坂くじらさんが気になっていたことを思い出す。どちらも百万年書房から出版されていたよなぁ。
みんなすごいな。ずっと書いている。そんなことをぐるぐる考えていたら
「わたしは何者にもなれないし、そんな自分でいいのかもしれない」
「ひとつ書き終えて、それで満足なら終わればいいじゃん」
そんな風に思えた。
いい感じに力が抜けたというか。本当に急に達観できたというか。ごちゃごちゃボコボコ考えすぎた結果、思考が「もういいや!」の域に達してしまったみたいだ。
文学フリマに出店するにしても、一度生の空気を味わってみないと。
「5月は文学フリマ」。
この字面だけで、今からそわそわしてしまっている。
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