今、出来ること
ヨガの先生は70歳のアルゼンチン女性。
ヨガのクラスの人達は私より年上の人が多い。
その中の一人は84歳のマリア。
約20年前に彼女は日本に行ったこともあり、3年前にはケニアにも行ったのだそうだ。
元気な高齢者。
それでも、やはり足腰は弱っているらしく、ヨガのポーズはきちんできないいことはわかっていて、楽しむためにクラスにやって来る。
この間も階段を下りるのに、「私はここから下りれないから遠回りする。」と言うので、私が王子様のように腕を貸してあげて、階段を下りた。
また、ある週は、いつも車で連れて行ってくれる私の友人がクラスに出席できず、私一人で公園に着いたら、すぐにマリアが
「おはよう!あらぁ、今日は一人で来たの?じゃあ、私と一緒にバス停までつきあってくれる~?」
と、うれしそうに聞くので、
「もちろん!」と答えた。
たまに友人が行けない時がある。
そんな時、私の家はマリアの行く方向ではなく、遠回りになるけれど、なんの問題なくつきあってあげる。
考えると、最近私は高齢者と知り合うことが多い。
私が住んでいる地区にもたくさんいるからかもしれない。
ちょっと外に出ると、つかまったりして、急いでなければ、ゆっくり話すことも出来る。
色々な経験談もしてくれるし、面白い。
おととし、老人ホ-ムでの仕事を考えたことがあった。
それも地中海地方の。
海の近くで仕事も出来るなら行くぞ~と思った。
いつもやることが遅い私でも、なぜかこの時は思ったら、即実行。
まず、私の履歴書を直接送ろうとして、あちこちのホームのメルアドを探してた。
ところが、老人ホームでは、オステオパシーの治療家でなく、フィジオセラピストを募集していることが多い。
でも、そんなこと私には関係ない。
昔、募集もしてなかったのに、ある会社のスペインでの仕事に就こうと、日本で面接に行ったことがある。社長面接までした覚えがあるけど、なぜかその後は話が消えた。結局、スペイン語の教授と相談して、私が下りたのだと思う。
なので、昔経験したあのエネルギーが沸き出てきて、フィジオセラピストを募集していても、自分にはきっとできると確信していた。
フィジオセラピーとは、日本語では理学療法と言われ、病気、ケガ、障害などによって低下した運動機能を物理的手段によって改善・維持させる治療です。
オステオパシーは、簡単に言うと、物理的なものを使わない。身体を一つのものと考えるので、たとえば、捻挫などの怪我でも、フィジオセラピーが治療する足首だけでなく、他の箇所にも影響がありそうなヒザ、骨盤などをみて、ズレなどがあったら、手で呼吸法も使ったりして治療する。頭蓋骨や内臓の動きもみる。
実は、キャメロン・ディアス主演の「イン・ハー・シューズ」を観て、あんな海辺で働きたいなとあこがれた。
映画の舞台はアメリカだけど、私にとって、いいアイデアにつながった。
あのキャメロン・ディアスのようになりたい!!
私はすぐ映画とかに影響を受け、母には、いつも「まったく、子供みたいだ!」と言われて、笑われる。
でも、「行けない・・・出来ない。」とあきらめた。
私は腰に問題がある。
問題はないけど、問題がある。(ってちょっとわかりづらいけど・・・)
腰椎すべり症だ。
治療家として、もし、採用されたとしても、私はヘルプが必要な同僚を助ける傾向が今まででも大いにあるので、きっと無理をするなと自覚した。
数年前のような辛い痛さはもうないけれど、自分の身体のことを一番考えてあげなければいけないと思った。
治ったとはいえ、いくつかの動作には気をつけなければならず、特に重いものは持たないようにしている。
私は海岸近辺で働いている夢を見ていればいいのかな。
なんだか、きっと近いうちに行くような気がする。
今、出来るのは、私が知っている、私のことを必要としている高齢者と話してあげて、出来るだけ元気をあげることなのかもしれないと思っている。