55日間外出禁止中、シェフの夫は何を作っていたか。 〜3月30日モリーユ茸のヴァン・ジョーヌソース
忘れもしないこの日、志村けんが亡くなった。大ファンというわけではなかったが、80年代に子供時代を過ごした人間にとっては永遠のスーパースターである。レジェンドも死ぬのだなと、比較的大きな虚無感に襲われた。
その頃フランスでは、毎日500〜600人が新型コロナで亡くなっていて、死を意識する日が続いていた。死ぬな、生きろ、ならば食え!当時の自分にとって、食べることはまさに生に直結することであり、同時に食べることで日々湧き上がる不安感をおさえつけていたのだ。以上は、食べ過ぎを正当化するための言い訳である。
さて、わたしはきのこが大好きなのだが、きのこ好きにとっての主な活動期間は秋冬で、春夏はストーブリーグのようなものである。この時期、巷に出回るのは、シャンピニオン・ドゥ・パリ(マッシュルーム)、プルロット(ヒラタケ)といった年中ある栽培ものが多く、面白みに欠ける。そんな春の救世主ともいえるのが、野生のモリーユ茸だ。日本語ではアミガサ茸と呼ばれ、その名の通りニットで編み込んだような形状をしている。乾燥もあるが、旬ならば生を食べる以外の選択肢はない。濃茶の色から想像できる通り、力強く、濃厚な味わい。食感が少しコリッとしていて、食べ応えがあるところもいい。
そこそこ高級なきのこだが、八百屋によっては置いている店もある。たまたま通りかかった店で、少し乾燥気味のものを値引きしてくれたので、多めに購入した。モリーユは形状のせいもあって、考えたくもないほど掃除が面倒だ。もちろん夫にやってもらう。実にありがたい。
モリーユの食べ方で、最も好きなのがヴァン・ジョーヌソース。夫もそれを知っているので、特別に頼まずとも真っ先に作ってくれる。ヴァン・ジョーヌとは、フランス語で直訳すると「黄色いワイン」。フランス東部にあるジュラ地方の名産品だ。サヴァニャンという地場品種のブドウを使った白ワインなのだが、産膜酵母熟成という特殊な過程を経ているため、独特の香りと味を持つ。ナッツのような、とよく言われるが、日本酒のひね香にも似ている。味は分厚くどっしりしていて、まろやかながらもやや苦味がある。
少しクセがあり酸も高いので、個人的にはめったに飲まない。むしろ、あまり好きじゃないとも言える。しかし、フランス人には熱狂的なファンも多いため、自分の好みは内緒にしている。過去に、ワイン関係者のおっさんに「あんまりヴァン・ジョーヌは・・・」と言うと、「味のわからん奴は一生飲まんでいい!」と怒られ、軽いトラウマになったからだ。しかし、ヴァン・ジョーヌをソースに使うのには大賛成! 独特の香りは芳しく昇華し、酸はソースにメリハリを与え、ソース全体の味わいに厚みを与える。
細かくみじん切りにしたエシャロットを軽くバターでソテーし、そこにしっかり洗ったモリーユを入れる。モリーユの水が飛んだら、ヴァン・ジョーヌでデグラッセし、生クリームを加えて15分ほど軽く煮込み、塩コショウで味を整え、最後にお好みの量のヴァン・ジョーヌを加え、香りを加えて完成だ。
ソースに浸かったモリーユをすくって食べると、網目の部分にたっぷり含まれたヴァン・ジョーヌソースがジュワッとでてきて、口の中が至福で満たされる。これだけでも十分おいしいが、仔牛のローストなどあっさりめの肉のアコンパーニュモン(添え物)とすると、バランスの良い極上の皿に仕上がる。また、最後にパンやごはんでソースを食べ切るのがたまらない。
次の日にはコクレ(雛鳥)を焼いてもらったので、これにも合わせて食べた。香ばしく焼けた鶏皮の香りがソースに加わり、また趣が変わっていいものである。食べて、元気で、幸せならいいじゃない。外出禁止中は、毎日こうつぶやいていた気がする。
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