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キッズキーマカレー 開発秘話

エリックサウスの実店舗の中でも広めのテーブル席がある店舗では意外とお子様連れのファミリー客も多いのです。小学生くらいのお子さんが大人に混じって本格的な南インド料理を慣れた手つきで頬張っているのを見るのはとても微笑ましく、こちらもシアワセな気分になります。手前味噌ですが、自分も小学生の時にこんなお店に連れてきてもらいたかった! と羨ましくもなります。 お子様の年齢にもよりますが、食べられる辛さのカレーの種類はどうしても限られてはきます。ただお店だとカレー以外の辛くないインド料理(例えばドーサなど)もあるので、結果的にお子様はカレーだけに偏らない、つまりより本格的な「南インド料理ディナー」に到達しているとも言えます。ある種の「英才教育」ですね。

通販だとご家族で利用されるケースがぐっと増えるようです。カレーやビリヤニなどが賑やかに食卓いっぱいに並んだ写真がインスタなんかに上がってると本当に嬉しくなります。そんな写真の中である時おもしろいものを見かけました。 テーブルにずらりと勢揃いする南インドカレーやバスマティライスに混ざって、お子様用にも、おそらくレトルトと思われる子供用カレーが並べられていたのです。カレーの日はせっかくだから子供も一緒にカレーを、ということなのせしょう。 イイ光景ダナー、とほっこりしながらそれを眺めていたのですが、そのうちふと思いました。せっかくならそういう時そこに並ぶものもエリックサウスのカレーだったらもっとハッピーじゃん! そんなきっかけで「キッズキーマカレー」の開発はスタートしたわけです。

お子様用のキーマカレーを開発する、というのにあたって最初に考えたのは(当たり前ですが)「辛さを極力無くす、なんなら限りなくゼロにする」ということでした。いや、正直にいうとそれしか考えていませんでした。

カレーにはいろんなスパイスが使われますが、辛さと直接関係してくるのはチリ(主にカイエンペッパー )だけです。厳密にいうと黒胡椒なども多少関係してきますが、こちらはチリと違ってよほど大量に入れない限り影響はさほどありません。そして、スパイスの中には実は「全く辛くないチリ」とでも言うべきものが存在します。それが「パプリカ」というスパイスです。風味や色はチリとほぼ似通っており、辛さだけが無いスパイスです。なので、カレーに使うチリを全量パプリカに置き換えたら、辛さ以外の味の要素はほぼ変えずに辛くないカレーが作れるということになります。そう、理論上は……。

幸いエリックサウスには、もともとさまざまな本格キーマカレーのレシピがあります。通販でも定番で販売しているココナツミルクとクローブやシナモンの風味を利かせたいかにも南インドらしい風味の「ココナツキーマカレー」や、よりスパイシーなトマトベースの「カルダモンマトンキーマ」など。それらの中から最もシンプルな、粗挽き鶏ももミンチを使ったベーシックなレシピをもとにして、ミンチはお子様でもより食べやすいよう細挽きの鶏むねミンチに変え、前述のチリを全量パプリカに置き換えたものをとりあえず作ってみました。

……これがですね、正直イマイチおいしくなかった! ひとつは肉の問題。肉肉しすぎたんです。お子様にとって肉肉しすぎるというだけでなく、ムネ肉を使ったせいもありパサつきもちょっと気になる。 そしてスパイス感も妙に物足りない。もちろん辛くないという物足りなさはしょうがないのですが、なぜか香りも物足りなく感じるのです。これは新たな発見でした。これまでチリを一部減らしてパプリカに置き換えることで辛さを調整するということは何度もやってきましたが、ゼロにしたのは初めて。「カレーという料理はなぜ辛いのか」という根源的な問いの一つの答えが「辛さは香りを引き立てるから」ということなのかもしれません。

肉肉しすぎる問題に関しては、まあ普通に考えたら肉を減らせばいいわけですが、減らすと当然ながら旨味も後退するので減らせる量にも限界があります。減った分の旨味を調味料で補うという方法もあり、それが悪いわけではありませんが、エリックサウスの方法論とはズレてきます。エリックサウスの調味料は基本「塩」ですので。調味料で補うくらいだったら、最初から別にレトルトの子供用カレーでいいわけです。 生クリームやヨーグルトでコクを補うことも検討しましたが、今回はなるべくアレルゲンを最小にしたかったので乳製品は使用したくない。かといってココナツミルクは好き嫌いが分かれる可能性が高い。却下です。

そうなるとひとつ考えられるのは肉を減らせるところまで減らしてその分副材料、つまりトマトと玉ねぎを増やす方法です。ところがトマトを増やすと今度は酸味が強調される。小学生なら問題ないかもしれませんが、それより小さいお子様にはあまり向かなくなってしまいます。砂糖の甘さでそれをバランスさせて「ケチャップ」的にもっていくことも考えましたがちょっと気が進まない。

ならば玉ねぎだけ増やすという手もあります。いわゆる「ナンカレー屋さん」のカレーに近いものになって行きますがそれはそれで悪くない。しかし、とその時思いました。せっかくだったらそうじゃない方法は無いかと考えてニンジンに行き着きました。ミンチを減らす分、ミンチ状にカットしたニンジンを足すという方法です。肉ほどではありませんがニンジンには旨味と食べごたえがあります。さらにその甘みはトマトの酸味を抑え、トロっとした食感がムネ肉のパサパサ感もカバーしてくれる。これは大成功でした。 さらにこのニンジン、試作の時はずっと少し大きめの、大豆くらいのカットサイズだったのですが、リリース間際に製造部門の責任者である柴田料理長が各所にリサーチしてこんな意見を拾ってきました。「確かに味だけで言えばこれならニンジン嫌いの子供でも食べられるけど、視覚的に『ニンジン』ってわかっちゃうと食べてくれない子供がいそう」。 というわけで柴田料理長が最後、ニンジンのサイズを「見てもわからないが食感は残る」という絶妙な加減にチューニングしてくれたのです。身内ながらプロ中のプロです。

さてもう一つの「なぜかスパイスの香りが物足りない」問題。これはもうバランスを再調整するしかありません。正直、まずいわけではないし子供用なんだから物足りないくらいでいいのでは、とも思ったのですが、そこはやはり本格カレーらしさにはプロとして拘りたい。いや、プロとしてというより、思い出していたのは自分が子供の頃にヒイヒイ言いながら初めて食べたカレー専門店のカレーの香りでした。その時の「これまで食べていたカレーとはあきらかに香りが違う」という衝撃はいまだ鮮烈に記憶に残っています。その香りそのものも覚えています。

せっかくならそういう一生記憶に残るカレーを食べて欲しいと思ったわけですね。そしてそのおいしさをまず知ってもらったら、ちょっと成長したあと、エリックサウスの他のカレーにもスムースにつながるじゃないですか。だから、お子様用カレーであっても「エリックサウスらしい香り」は死守しようと。

香りを強調するには大まかに2つの方法があります。ひとつは特定のスパイスの量を思い切って増やすこと、もうひとつはスパイスの種類を減らすことです。減らす? 増やすの間違いじゃ? と思うかもしれませんが「減らす」で合ってます。この辺りの話は話始めると長くなるので詳しくは割愛しますが、いずれにせよ今回はその方法は使えません。なぜならそれは「クセ」が強くなるということでもあるからです。 なので逆の方法をとりました。元のレシピよりスパイスの種類は増やしつつ、その中で複数のスパイスをバランス良く強調しました。具体的には、クミン 、メティ、シナモン。いずれもニンジンと相性の良いスパイスでもあります。ここに来てニンジンがまた生きてきたというわけです。

ちなみにインド料理の源流の一つでもある中東料理では、肉とニンジンを一緒に使う料理がとてもたくさんあるのですが、なぜかインド料理ではそのパターンがほとんど無いのです。つまりキーマカレーにニンジンを使うのはある意味邪道。どうでもいいことのように思われるかもしれませんがこの点に関しては実は結構悩みました。インド料理は本場そのままのスタイルであるべき、という考え方を我々は半ば冗談で「原理主義」と呼んでいますが、エリックサウスは基本的にその「原理主義」の店です。ただしエリックサウスの場合はそれに関してもうひとつ「原理主義は原理主義を逸脱するためにある」というポリシーもあります。どうしても必要な、ここぞ、という時はオリジナルへのリスペクトを大事にしたまま逸脱も慎重に検討するということです。今回はその「ここぞという時」だったわけです。

というわけで、最初は安易な思いつきから始まった「キッズキーマカレー」でしたが、完成までにはいつになくいろいろと苦労がありました、というお話でした。まあ何も知らずに食べると「辛くないこと以外は普通にエリックサウスのカレーじゃん」っていう話でもあるんですが!

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