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イン・ザ・ハイツ(2021) 置かれた場所で咲く

 人に勧められたため鑑賞。元々はブロードウェイミュージカルとのこと。アメリカの片隅で強く明るく生きる人々からたくさんのパワーを貰える良作映画だった。


〈あらすじ〉

変わりゆくニューヨークの片隅に取り残された街ワシントンハイツ。祖国を遠く離れた人々が多く暮らすこの街は、いつも歌とダンスであふれている。そこで育ったウスナビ、ヴァネッサ、ニーナ、ベニーの4人の若者たちは、それぞれ厳しい現実に直面しながらも夢を追っていた。真夏に起きた大停電の夜、彼ら4人の運命は大きく動き出す。

映画.com

〈感想〉

 舞台はアメリカ。ラテン系の移民が多く暮らすワシントン・ハイツで、いわゆる移民二世である若者たちが各々の夢を追いかけて苦悩する。

 彼らの親たちは仕事を求めて貧しい故郷を離れた。しかし移民を待ち受ける現実は厳しい。根強く残る差別は彼らを苦しめ、若者たちは自分のルーツやアイデンティティーをめぐる葛藤に苦しむ。映画では複数の若者が出てくるが、それぞれが抱える事情は様々で非常にリアルだ。

 苦しい環境下でもラテン系特有の(固定観念ではない)カラフルな色彩や音楽、ダンスが街に溢れ、決して活気が失われることはない。画面からは常に人々の”熱感”を感じることができる。日々アメリカンドリームを夢見て小さな売店に宝くじを買いにくる人々は、故郷の国旗を掲げて声高に歌う。自分たちのルーツに誇りを持って。”自分が死んだら骨は故郷に埋めてくれ”という歌詞がずしりと胸に響いた。

 同じ背景を持つ人同士の絆ほど強いものはない。まさに三本の矢。一人の声はかき消されても、皆んなで声を上げれば社会に訴えかけることもできる。親が叶えられなかった夢はやがて子供へと引き継がれる。日本では核家族化が進んで久しいが、改めてコミュニティーの持つ底力を感じることができた。

 幼い頃に母親と共にアメリカにやってきたアブエラという高齢女性が印象的だ。未婚で子供もいないのだが、彼女は街のみんなのおばあちゃんなのだ。彼女が過ごしてきた時代は若者たちが生きる時代よりさらに厳しく、死ぬまで働き続けた実母の”忍耐と信仰”という言葉を深く胸に刻んでいる。どんな時も明るく若者たちを励ましとってもチャーミングな彼女だが、その目は社会や人間の最も汚く不潔な部分を捉えてきたのだろう。それでも光を見つめ続けることができる彼女は強く美しい。作中で急逝してしまうが、いつでも背中を押してくれる彼女の存在はコミュニティーにとってなくてはならないものだったし、若者たちは彼女の言葉を胸に夢への一歩を踏み出していく。

過去を回想するアブエラ




 幸か不幸か、先進国に生まれ落ちた私たちにとって職を求めて外国に移住するという感覚は普通ではない。多くの人々は日本国内で就職し家庭を築くのが当然と考えているだろう。しかし周りを見渡せばわかるように、それが当たり前でない人々もたくさんいる。移民、難民、避難民。生まれた国で生活できない人々はやむを得ず故郷を去る。移住先で生まれた二世、三世の子供たちもいる。アメリカの大統領選挙や欧州各国で常に争点となるように、移民の問題は今や国家や世界を分断し得る社会課題となっている。日本でも外国人労働者が急増しており決して他人事ではない。

 このような人々にとって「自分は一体何者なのか」「ここで生きていくことが正解なのか」という問いはアイデンティティーの確立を極めて困難にするだろう。体はここにいるけどしっくりこない、ずっと家に帰りたいという感覚を抱いたまま生きていく辛さは、日本人の私たちにはなかなか想像し難いものだ。それぞれの運命に悩み傷つきながらも必死に夢を追いかける彼らの生き様をみて、置かれた場所で精一杯咲くことの大切さを教わった気がした。



 ミュージカルという表現方法はラテン系の方々のパッションにぴったりだし、華やかな歌やダンスが厳しい現実を中和させてくれるので重たすぎない作品に仕上がっているところも良かった。思えば "アニー" も "レ・ミゼラブル" もとても辛い内容だが、歌に乗せて表現することでその哀しみはたちまち熱を帯びて躍動し始める。もちろん誰かを愛する喜びや希望も然り。良くも悪くも私たちの心の一部をえぐりとっていく。強烈に情緒を揺さぶれるミュージカルはやっぱり良い。好きだなと思う。

 アマプラで見放題配信中だったので是非ご鑑賞ください。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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