『カイメン すてきなスカスカ』椿玲未さんのカイメン愛を見よ!(毎日読書メモ(292))
椿玲未『カイメン すてきなスカスカ』(岩波科学ライブラリー)を読んだ。この本を知ったきっかけは、例によって、朝日新聞の書評欄であった。評者はトミヤマユキコさん。2021年10月16日の好書好日
岩波科学ライブラリー【生きもの】のシリーズは、わたしのような科学素人にもわかりやすく、生物の生態を教えてくれる素敵なシリーズだ。過去に読んだ『ハダカデバネズミー女王・兵隊・ふとん係』(吉田重人・岡ノ谷一夫)も、『クマムシ?! 小さな怪物』(鈴木忠)も、実に面白かった。
たぶん、わたしは動物を飼うとか、動物と触れ合うとかそういうことにはあまり興味がない。「日経サイエンス」(何故か職場で回覧で回ってくる)をぱらぱら見ていて、不思議な生き物の生態とかについて書かれた記事を見るとじっくり読んでしまう。自分と縁があると思えないものが、自分の知らない場所で、不思議な秩序を持って生きている、と思うことが愉しいのだと思う(実際にはクマムシとかは、その辺の土中とか葉っぱの下とかにひっそりと生きていたりするらしいんだが、どう探せばいいのかもわからない)。
で、『カイメン すてきなスカスカ』である。タイトルを見ただけで、著者のカイメン愛の深さがわかる。
生存戦略としてカイメンが見せる様々な能力を紹介し、その様を「洗練された」と表現しているところなどにも愛を感じる。人間と違うタイムスケールで、ゆっくりと成長し繁殖していて(1万年も生きたカイメンもいるらしい)、じっくりと付き合う気持ちが大切。一方で、採取してきたカイメンに擬態したウミウシがのっかっていたりすると、連れ帰られたウミウシにとっても気の毒なことだったが、人間にとっても不都合だったと書く。「美しい色合いと愛らしいしぐさにすっかり目を奪われて、軽い気持ちで『このウミウシは何という種だろう?』と調べ始め、挙げ句の果てにはカイメンそっちのけで研究室の仲間たちとウミウシの撮影大会を始めてしまうので、とんだ時間泥棒なのである」(pp67-70)といった、研究生活の合間のお茶目な姿なども垣間見え、カイメンのみならず、海洋生態学全体への好奇心が、研究の原動力となっていることがわかる。
カイメンは、約6億年前から基本的な生態や形は変わらないまま現在まで生き延びてきた生き物らしい。植物ではなく動物。形状も大きさもさまざまで、研究者の数が少ないこともあり、全貌が捉えられているとはとても言えない状況。そして、カイメン全体の性質、とか、傾向とかないみたい。生育する環境により実に多様な顔を見せてくれる(いや、顔はない)。脳もない血管もない神経系もない、消化器もない。身体全体に小さい取水口があり、そこから取り込んだ水の中にある有機物を濾しとって、栄養を吸収し、スカスカの大きな穴は、水の出口である。異物を吸収してしまったときは吐き出す動きもする。
動物だけれど、生まれて、水の中を漂い、一旦一ヶ所に吸着したら、生涯をそこで過ごすことになる。うっかり変なところに吸着しちゃったりしても、もう動けない。固まっている訳ではなく、細胞を動かしてじわじわと移動することは可能だが、1日に1mm-4mmとか、そんなスピード。
カイメンのことを英語でSponge(スポンジ)といい、実際、海辺で拾ってきたカイメンを掃除に使ったり生理用品や避妊具として使ったりするが、実はそんな風に使えるカイメンは少数派で、多くのカイメンは身体の中に骨片というガラス質の塊が形成されていて、骨片が体表に出ている種などもあり、とげとげしているらしい。
ネットで拾った骨片の図(同じ図が本書の中にも使われている)。形の多様さに驚く。こんなものが体の中にはいっているのかと思うだけで驚くよね。
世界中の海の底に、様々な生態のカイメンが貼りついている。そして、自らの生存のために水中の有機物を濾し取るその行為が、水の浄化につながっているらしい。カイメンのおかげで、何億年も、美しい海や湖が保たれてきたらしい。なのに、わかっていないことも沢山。
それぞれの種はそんなに形態をかえずに現在まで生きながらえてきているが、かつて、ガラス海綿と呼ばれる、今多い普通海綿綱とは違う綱のカイメンが浅瀬にカイメン礁を広く形成していた時代があったらしい。ガラス海綿は、白亜紀頃に、珪藻との繁殖争いに敗れ、生育範囲を深海に移し、個体数も激減したらしいが、1987年にカナダ西岸沖でカイメン礁が発見されたということで、本書中で紹介されている写真の美しさに息を呑む。
なんというか、最初から最後まで、知らなかったことしか書かれていなかった本だった。カラーページ多数で、様々なカイメンの姿、カイメンの生殖、カイメンの動きなどを堪能。また、著者の大学院の後輩であるイラストレーター、山根美子(やまねよしこ)さんのイラストも多用され、カイメンの動きとか機能とかが的確に図示されている。
この本を読んで学んだことが、この先何かの役に立つような気は全くしないが、何かを好きになってひたすらに研究している人の姿を見せて貰ったことは、この本の大きな意義だったように思える。
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