梨木果歩『海うそ』(岩波書店)
2015年の読書記録より。
梨木香歩『海うそ』(岩波書店)を読みました。
昭和初期に、若き人文地理学者(まだ学生)がフィールドワークで南九州の遅島に滞在している。遅島は架空の島で、天気がいいと九州本土が見える位の距離、そして標高1200mの山があって、雪も積もる、という設定で、ちょっと難はある気がするが、参考文献を見ると、どうやら鹿児島県の甑島列島もモデルになっている模様。
甑島! 子どもが小学校2年生の夏休み、学童保育で仲良くなった4家族で鹿児島旅行をした時に、上甑島に行ったのだ! 川内の港からフェリーで2時間くらい? 本当は2泊する予定が、台風が来ていたので、1泊であたふたと川内に戻ることになり、堪能したとは言い切れないのだが、一緒に行った友達の親族が住んでいたので、島の案内もして貰ったし(その日はとても天気がよかった)、海水浴もした(きれいな海でした)。
その時の印象に較べると昭和初期の遅島はもっと森がうっそうとしていて、でも、それなりの大きさの島の色々な部分に人の住む集落もあり、人文地理学者にはたまらない環境。カモシカがいたり、伊勢エビが捕れたり。
そして、しばらく前にネット記事で、明治初期の廃仏毀釈が徹底的に行われたのは鹿児島県だった、というのを読んでいたのだが、廃仏毀釈の痕跡についても、詳細に語っている。
山の中にある修行所の痕跡、そして打ち壊された仏像の跡。
甑島に行ったときはそんな体験まではしなかったから、気づいてもいなかったが。
50年がたち、大学を定年退職した主人公は、デベロッパーに勤めていて、たまたま遅島の開発の仕事をしている息子を訪ね、50年ですっかり様変わりした遅島に行く。なんと、本土との間に橋までかかっており、島全体がリゾート開発のえじきになっている。
(甑島は流石に本土から橋をかけられる距離ではないが、島と島を結ぶ橋が架けられていたのは印象的でした)
現在の遅島の姿にショックを受ける主人公だが、息子に島を案内して貰い、発掘された遺物を見て、自分が論文に仕上げられなかったこの島の文化人類学的な研究テーマに一つの結論を与えてくれるミッシングリンク的との出会いに希望を感じて、物語は終わる。
静かで美しい物語でした。