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吉田修一『続 横道世之介』(中央公論新社)、感想というよりは時代感。

吉田修一『続 横道世之介』(中央公論新社)。かなり昔に『横道世之介』を読んで、その続編が出ているのも知っていたが、しばらく様子見している間に、順番待ちしなくても図書館で借りられるようになっていたので、読んでみた。続編、と言っても、世之介、君はもうこの世にいないじゃないか。
『横道世之介』が、1987年に大学に受かって上京した世之介の大学生活の物語。そして『続 横道世之介』は、留年しているあいだにバブルが崩壊して、就職しそびれた1993年の世之介、そしてなかった未来の物語。
なかった未来。2020年東京オリンピックの掉尾。2016年から2018年にかけて雑誌連載され、2019年初頭に単行本になったこの小説が書かれた頃には、東京オリンピックのマラソンは東京で開催されないことは知らなかったし、まさかまさか東京オリンピック自体が2020年に開催されないとは誰も知らなかった。差しはさまれるマラソンのシーンを読みながら、額賀澪『タスキメシ 箱根』のフィナーレを読んだときと同じような切なさを感じた。なんと、増田明美のナレーションまで入っているぞ(創作で増田明美のナレーション作っちゃってるのが愉しい)。
そしてそこにいない世之介。その切なさは『横道世之介』にも通じる。

すぐれた風俗小説の書き手である吉田修一の、時代の拾い方も読んでいて愉しい。

たとえば、
「女優さんみたいだよね。覗いていると、映画見ているような気にならない?」「なるなる」「あんまり動きのない映画だから、ミニシアター系のヨーロッパ映画」「だね。シネマライズとか、シネ・ヴィヴァンとかでかかってそうな」「ポンヌフの恋人とか、ベティ・ブルーとか」「行ったねえ」「画面に動きないけど、感情の動きは激しかったねえ」「ったねえ」(p.99)
といったやりとりとか、
そのやり取りをした友人コモロンが、小和田雅子さんの皇太子妃内定を受けて小和田家を見に行ったり、美智子様の写真集を買ったり、Jリーグが発足した途端サッカー見に言ったりしているのも時代。そのコモロンは新卒で入った証券会社を辞めた後自己啓発セミナーに通いつめたりしている。冬にはもつ鍋食べに行ってみる。
プールに入る前の子どもが体操するように言われてするのがウゴウゴルーガの『くまさん』の体操(今動画見たけどこれをどうやって体操に? 保育園で練習していると言っている)。
子どもの母親が美人のヤンキーで、ヤンキーについて世之介が思い返すくだりは、
「日本各地にヤンキー文化が吹き荒れたのは、世之介がまさに思春期だったころである。『積木くずし』なる大ヒットドラマが生まれ、今では考えられないかもしれないが、中学生だった世之介が週末に友達と観に行く映画が『夜をぶっとばせ』だったのである」(pp.137-138)
ヤンキー美女の兄の、紫色のマークII で、「つい先日開通したレインボーブリッジ」をみんなで渡りに行ったり。その車中の会話で「私の同級生で、戸塚ヨットスクール入れられた奴いたからね」(p.174)というセリフがあったり。
『横道世之介』にも出てきた従兄の結婚披露宴でハウステンボス。その帰省時に高校時代の同級生に会って、兄が引きこもっている話を聞かされるが、1993年の日本ではまだ引きこもり、という概念は一般化されていなかったことがその会話から伝わってくる。
買い物に出て100円ショップに驚き感動したり。100円ショップってこの位の時期から出てきたんだったか。
新浦安の駅前のダイエーにも来ている!(今はイオンだけど) ジップロックとか面白がって買ってる。あの頃のショッパーズプラザは今よりずっときらきらしていた頃だろう(京葉線の東京~新木場間が開通したのが1990年だ、まだまだ人の少なかった京葉線絵沿線)。ジップロックもさぞや珍しかったことだろう。
そして、ごくごく選ばれた人しか持っていなかった携帯電話は、この小説の中に書かれた人は誰も持っていない模様。待ち合わせはあらかじめ決まった日時場所で。即座に連絡を取るとかしない。

と、もう1回、最初から最後までぱらぱらと目を通して、世相を拾いながら、世之介の「善良」さが、ページの端々からにじみ出ているのを感じる。
頼りなくて、ゆきあたりばったりで、それでも進んでいく。
世之介のいない2020年にも、実際にはオリンピックのなかった2020年にも、世之介が息づいている。

映画で世之介を演じた高良健吾が帯に書いている。「ページを開いたら、世之介との時間はあっという間でした。これからも、彼をふと思い出すことがあると思います。横道世之介は僕にとってのヒーローです」


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