見出し画像

原田ひ香『おっぱいマンション改修争議』(毎日読書メモ(368))

原田ひ香『おっぱいマンション改修争議』(新潮社)を読んだ。
この表紙の一部(タダユキヒロ装画)を見ただけで、黒川紀章の中銀カプセルタワービルが示唆されていることはすぐわかるだろう。
最上階に錘状のユニットが2つ並んでいるために(中銀カプセルタワービルにはない、念のため)、おっぱいマンション、と呼ばれるようになった、小宮山悟朗設計の「赤坂ニューテラスメタボマンション」の老朽化と、解体か保存かをめぐっての住民の騒動、それに小宮山悟朗亡き後、事務所を引き継いだ岸田恭三とその家族、小宮山から距離を置いて、幼少時に住んでいたおっぱいマンションを出て小宮山事務所にタッチしないようにしてきた娘小宮山みどりそれぞれの思いが絡まり合ってつながれた短編連作。

おっぱいマンションは一つのユニットが60平米くらいの2DK。一つ10平米の中銀カプセルタワーのカプセルと、コンセプトはちょっと違うかもしれないが、メタボリズム建築の象徴として時代の最先端をいき、外観重視で雨どいを付けなかった結果、ユニットへの漏水がひどいとか、アスベストが使われているので無闇に取り壊せないとか、色々な問題があり、一方で、住民たちは住み心地の悪さに音を上げ、住戸数を増やしての建て替えで住民負担なしの建て替えを要求しながらも、デザイナーズマンションに住んだ矜持とか、小宮山悟朗に対する思い入れなど、様々な思惑が見え隠れする。
もう死んでしまって、自ら出てくることはない小宮山悟朗だが、さまざまな登場人物の回顧の中で、天衣無縫な天才ぶりを垣間見せる。小宮山への憧れ、憎しみ、嫉妬心、愛情、反発、様々な感情が、マンション建て替え争議の中で新たな様相を見せる。
誰にとっても本当の望みが何であるか、自分自身で理解出来ていないモヤモヤ感がこの小説のテーマか。そこに小宮山悟朗がいてくれさえすれば、誰も迷わなかったであろう、何か。

原田ひ香の本を読むのはこれが5冊目になるが、それぞれに異なる興味深い素材、そしてそれに呼応する、複雑な人間造型がしっかりしていて、どれも心地よく読めた。一方で、不思議な位、作家の自我、のようなものが現れない。作者は誰にも思い入れは持たないようにしているのか。彼女の「芯」はどこにあるのだろう。あまりに見えないのでかえって不思議な面持ち。

これまでに読んだ原田ひ香 : ランチ酒 ランチ酒 おかわり日和 母親ウエスタン 彼女の家計簿

#読書 #読書感想文 #原田ひ香 #おっぱいマンション改修争議 #新潮社 #黒川紀章 #中銀カプセルタワービル #メタボリズム #タダユキヒロ

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?