古矢永塔子『ずっとそこにいるつもり?』(毎日読書メモ(551))
昨年暮れ、朝日新聞の書評(藤田香織)が絶賛していて、ずっと気になっていた古矢永塔子『ずっとそこにいるつもり?』(集英社)をようやく読んだ。5編の連関のない短編小説、すべて初出は「小説すばる」。
「あなたのママじゃない」:自分の「好き」を仕事にすることが出来て、昼夜なく働く弥生の職場は、夫友樹の実家のそばだった。結婚以来殆ど交渉のなかった姑との謎の人間関係、そして、妻を支える献身的な夫となっていた友樹との新しい道。
「BE MY BABY」:母子家庭で育ち、自分の稼ぎで大学に通い、就職まで決めた健生の下宿に、突然転がり込んできた美空。将来に対する漠然とした不安をぬぐい切れない健生の生活をかき回していく美空に対する、怒りと特別な愛情。
「デイドリームビリーバー」:高校時代の同級生東と、アヅマミネタというペンネームで漫画を合作し、一時はブレイクしていた峯田。向かう方針が食い違って東が出ていき、鳴かず飛ばずの漫画家生活を送っている峯田のところに8年ぶりに戻ってきた東との丁々発止。ネームを書く人、作画をする人の創作へのぶつかり合いが面白い。2人のロングアンドワインディングロードの先にあるものは。
「ビターマーブルチョコレート」:二子玉川で夫と娘と3人でおしゃれライフを送っている朱里が、封印してきた茨城の実家と母。母が手首骨折したというので、久々に帰ってきた茨城の実家の団地で、隣家の同級生真琴と再会する。仲良しなんかじゃない、近寄りたくもないと思っていた真琴に巻き込まれ、朱里は自分の虚栄と向かい合う。
「まだあの場所にいる」:自分が卒業した中高一貫の女子高で教師をしながら、実家で母と脳溢血で寝たきりの父と3人暮らしをしている杏子。北海道から転校してきた美月がクラスになじめるのか心配していたが、クラスのボス的莉愛に見込まれ、文化祭の出し物で一緒に踊ることになる。莉愛は一体何を企んでいるのか、そこはかとない不安は文化祭当日に現実のものとなる。しかし、本当の勝者は? 杏子が封印してきた思い、クラスの本担任の永原が目指しつつ現実のものと出来てきていなかった理想は?
どの小説も、目を背けてきた軋轢と面と向かうきっかけと、小説の中に意識的に隠されたどんでん返しの驚きが巧みに描かれている。
軋轢への直面は、読んでいて苦しい。でも、形が違ったとしても、どんな人も、自分の人生の中で、同じような思いをした経験がある筈で、その、苦しみともどかしさは、単純に解消できるものではないという新たな葛藤とともに、such is life、という気持ちにわたしをさせてくれた。
そしてどんでん返しによる脱力。
最近読んだ多くの短編小説で、他者との出会いとぶつかり合いがさまざまな形で描かれているのを見てきたが、その中でも群を抜いたもどかしさ、というか、さかむけを引っ張ってむしり取ろうとするような、そんな痛みを、笑ってしまうどんでん返しでちょっとだけ救ってくれる、そんな不思議な風合いの小説たちだった。
先に読んだ、『七度笑えば、恋の味』(小学館)とはちょっと違った小説だった。作者の懐の深さを感じた。
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