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白石一文『代替伴侶』(毎日読書メモ(562))

白石一文の新刊『代替伴侶』(筑摩書房)を読んだ。書き下ろし。2024年10月刊行。この前に読んだ『松雪先生は空を飛んだ』(KADOKAWA 2023年1月刊行)の後、『かさなりあう人へ』(祥伝社 2023年10月)、『Timer: 世界の秘密と光の見つけ方』(毎日新聞出版、2024年5月)、と小説を刊行していたようで(気づいていなかったので、また機会を見て読んでみる)、『松雪先生は空を飛んだ』が社会問題解決を提起するファンタジー、『かさなりあう人へ』が恋愛小説。『Timer: 世界の秘密と光の見つけ方』が健康長寿と死をテーマにしたSF(らしい)、そして、『代替伴侶』も近未来SFの形をとりながら、究極の夫婦愛を追及する小説。

まぁ不思議な話である。作者の不思議ちゃんさをある程度理解していないとついていけないぶっ飛び感がある。

前提は、全地球的に人口爆発が過ぎて(でも意外とその人口爆発による生活への弊害、みたいのは小説の中では現れていないが)、かつての中国の一人っ子政策みたいのが全世界的に徹底された未来。一組の夫婦は子どもを一人しか持ってはならず、不妊治療は禁止(例えば不妊治療ヘイヴンみたいなところに行って治療してくると国籍はく奪、みたいな徹底ぶり)。
この不妊治療禁止が歪んだ制度を作り、子どもが欲しいのに生まれない夫婦の片方が、配偶者以外の子どもを作ったら、子どもが出来なかった配偶者は相手の離婚請求に応じなくてはならず、でもそれをどうしても受け入れがたい場合は、相手の気質性質をすべてコピーしたアンドロイド(代替伴侶)を10年の期間限定で配偶者として迎えることが出来る、という謎設定。
パーマンのコピーロボットみたいな、鼻を押したらその人と同じ人格が出来るのかい、という感じで、見た目人間とそっくりで、生理的活動も人間と同様に行えるアンドロイド。記憶とかも全部転写して、でも、自分が代替伴侶アンドロイドであるという自覚だけがない、そんな配偶者と、裏切られた過去だけはなしで(アンドロイドは記憶操作されている)、裏切られる前と同じように生活を続けるのか?

代替伴侶(コピーロボット)をその世界に置くということで、同じ姿をした同じ名前の人格が2人、この世に存在するようになるので、それはお互いが相手の生活に影響を与えないように配慮する、って設定だが、どうやったらそんなことが可能なのかい、とまずこの前提が不思議すぎる。生活圏が重ならないように、代替伴侶をめとったら、それまで住んでいた場所から遠くに移住するけど、このSNSの時代に、物理距離を少し離したくらいで、ニアミスが避けられる感じがしないし、代替伴侶のことを知らない古い知り合いと、コピーロボットの方が遭遇してしまうかもしれないんだよ。

建築デザイナーの隼人と、会社員のゆとりの夫婦は子どもを切望していたが、隼人の精子の量が通常より少ないこともあり、なかなか子どもに恵まれないでいた。そんな中、ゆとりと別の男性との間に子どもが出来てしまい、ゆとりは家を出ていく。いなくなった妻への愛情は執着に近くなり、隼人は代替伴侶を申請し、ゆとりのコピーロボット(この本の中ではツイン、と呼ばれている、その表現はちょっと違わないか、と感じるけど)(考えてみれば白石一文自体が双子として生まれ育ったのに、ここでツインって言うかなー)と共に岡山に移住し、知る人のいない環境で新たな生活を始める。
ところが、2年後、今度は隼人が、別の女性と関係を持って、その女性に子どもが出来てしまうのである。ゆとりのツインと別れ、別の女性と暮らすという隼人に執着したゆとりのツインが、今度は隼人のコピーロボットを申請するのである(自分がコピーロボットであることを知らず)。アンドロイドとアンドロイドが、自分がアンドロイドであるという自覚を持たずに夫婦として岡山で暮らす。東京に戻った隼人も、コピーロボットの隼人も、同じ名前で建築デザイナーとして業績を残している。こんなことありかい、と突っ込みどころ満載だ。
アンドロイドとアンドロイドが、自分がアンドロイドであることは知らず(ゆとりのアンドロイドは、自分が申請したアンドロイドの隼人と暮らしていることは知っている)夫婦として暮らし、本物の隼人とゆとりは、ゆとりのツインは8年後に、隼人のツインは10年後に動作を停止するということを知りながら、干渉することもできず、ツインの様子を気遣う。

ねじれとねじれ。

そして子どもを産み育てるための夫婦と、もともと愛情をもって結びついたのに子どもが出来なかったという一点で離れてしまうこととなった夫婦について、小説の中では深く考察していくことになる。ゆとりの新しい家庭と隼人の新しい家庭と、ゆとりのツインと隼人のツインが岡山で営む家庭。
夫婦は、子どもを持つことで、子どもを育てる手段になってしまうのか。相手に対する深い愛情は一過性なのか、永遠のものなのか。

そんなの個人差があるし、人と人との関係が何十年たっても変わらない、という人間関係の方が少ないような気はするが、皆無だと言い切ることもできない。
ゆとりも隼人も、種の保存本能に負けただけで、相手への愛情は変わらなかったのか?

ゆとりのコピーが期限を迎えるときに、本物の隼人とゆとり、それぞれが決意を行動に移す。その斜め上を行く、隼人のコピーの決意に息を呑む。最後は、もう誰の決意が誰の上をいっているのかもわからない圧倒感。

読む人によっては何が何やら状態だろうし、読んでカンカンになる人、ただつまんなかったって思う人もいるだろう。
わたし自身は、様々な矛盾点がもやもやと未解決で残っているのがどうもすっきりしない、という気持ちはあるが、究極の夫婦愛って存在するのだろうか、という作者の気持ちは、たぶんこういう形で提示するのが本人にとって一番しっくり来るのだったんだろうな、というのも感じ取れた。

この人にしか書けない世界を書いているという意味では稀有な小説家だと思う。文句を言いながら結局何十年も付いてきているのはそういうところなんだろうな。

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