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【青春小説】初恋とメガネと隣の席の鈴木
「おい!何してんだよ?」
私は、目の前の細い背中をバシッと叩いた。
「痛っ!」
と声を上げて、その場にうずくまるメガネのガリ痩せ男子。
そう、コイツは私の好きな彼…クラスメートの鈴木だ。
鈴木と私は付き合っているわけではなく、同じクラスで「席が隣同士」という関係だ。
ちょっとグレている私には、まじめで成績優秀な鈴木は全然不釣り合いなんだけど、自分とは真逆なタイプの鈴木に、私は心惹かれていた。
「うわっ!メッチャ痛っ!そんなに強く叩かないでよ!」
と恨めしそうな目で私を見上げ、
「どうして宮田さんは、そうやっていつも僕に攻撃してくるの?」と泣きそうな声で言ってきた。
うん、だって私、お前のことが好きなんだもん。
…と、思わず本音が飛び出しそうな寸でのところで、自分の気持ちをグッと抑えこみ、
「だってお前、スゲー面白いじゃん」と言ってニカっと笑った。
それを聞いて、鈴木は「もう、嫌だよー!これってイジメじゃん」
と私に反抗してきた。
私は、イジメという言葉にドキッとして、
「違う違う、親愛の気持ちを込めたコミュニケーションなの。だって、こんな風に気安く叩けるのって、このクラスでは鈴木しかいないもん。」
と慌てて言い訳をする。
すると、鈴木は「ふーん」という表情になり、メガネを右手の指先でかけ直しながら、
「それって僕が特別な存在ってこと?もしかして、宮田さん、僕のこと…好きなの?」
と、私をチラ見しながら言ってきた。
えっー--!?
突然出てきた「スキ」というワードに、私の全身の血液が一気に上昇して頭頂部にカー!と集結した。顔が赤くなっているのが自分でもわかる。
「なっなっ…何言ってんだよー-!おっおっお前さぁ、私がそんなこと、ある訳ないじゃん!」と、ドモリながら言葉を返すと、鈴木はケラケラ笑いながら、
「冗談だよ、冗談!でも、宮田さんって照れるとかわいいよね。」
と言い、私にやさしい視線を向けた。
あぁ…。私がコイツを好きになったのは、ここ。ここなんだよ。
真っ赤になった顔を両手で隠し、
「うっせー!うぜーんだよ!鈴木、後でしばき回すぞ、ゴリャアー!」
と叫んだ。
私の暴言を聞いて、教室の中にいる他の子たちがギョッとしているのが、空気でわかる。
でも、目の前の鈴木は怯えることなく、ニコニコして私を見ていた。
◇◇◇
小学校時代からずっとグレていた私は、この中学校に入ってからも、「ヤンキー」だの「怖そう」だの言われてきて、みんなから恐れられてきた。
すぐにキレるし、筋が通らないことには、たとえ先生が相手であっても噛みつくし、言葉もキツイし、勉強もろくにできないから、私には同学年の友達は一人もいない。
付き合いがあるのは、私の兄ちゃんや姉ちゃんの友達ばかりだ。みんな中学校を出て働いているから、なんだか大人びていてカッコいい。そんな年上の兄貴や姉貴たちから、私はすごく可愛がられているけど、学校には友達と呼べる子は、小学校の頃から一人もいなかった。
私はずっと学校に馴染めなくて、嫌われ者街道をまっしぐらだった。
◇
ところが、中三になり今のクラスになった時、私は鈴木と出会った。
たまたま隣同士の席になった縁だけど、みんなが私を恐れてビビっているのに、鈴木は私のことを全然怖がらなかった。
最初は、「ん?コイツ、私のことをよく知らないのかな?」と思った。
というのも、たいていの場合、最初は仲良くしていても、私の悪い噂を聞きつけると、みんなスーと離れていき、私とは一線を引くようになるからだ。
すごく優しい子でも、私の噂を聞きつけた親から「あの子とは付き合っちゃだめ」と家で言われることもあるみたいで、そんな時は、表向きは優しく接してくれているけど、空気感で「この子も私のことを避けているな」とすぐにわかる。
そう、相手が私と接するときにすごく緊張しているのがこちらにも伝わってくるから、それで「あっ」と相手の気持ちを察知してしまう。
私は長い間、グレて不良をしているせいか、動物的というか、本能的に「こいつは自分の味方か?敵か?」とか「私のことを嫌っているか?好いているか?」がすぐにわかってしまうのだ。そう、カンがすごく働くのだ。
だから、私はいつも相手が発している空気を読んで、「コイツは私のことを怖がっているな」とか「私と一緒にいるのを嫌がっているな」と感じた時は、相手にこれ以上深入りしないよう距離を置くようにしていた。
その方が、面倒なことに巻き込まれなくも済むから、私も楽でいい。
そう自分に言い聞かせて、私はグレた子供で生きてきた。
それに今は義務教育中だから、嫌でも学校には行かなきゃいけないけど、卒業したら、私は晴れて自由の身となる。
私も、兄ちゃんや姉ちゃんのように、中学校を出たら社会に出て働くつもりだ。
そう考えると、学校の同級生たちと過ごすのも、もう数か月の辛抱だから、とりあえず卒業までは誰ともかかわらず、気ままに生きていこう…と思っていた。
そんな矢先に、席替えで鈴木と隣同士になったのだ。
私の隣の席にきた鈴木は、そばに私がいても全く気にすることなく、本を読んだりしている。
いつもは休み時間になると、私の隣の子は、みんな他の友達のところに行ってしまうから、私は「えっ?」と驚いた。
これが一日ではなく毎日続き、更に一週間がたったところで、私は思い切って鈴木に聞いた。
「オレのこと、怖くないのか?」
…と。
すると鈴木はきょとんとした顔になり、
「えっ?何で?」
と逆に尋ねてきた。
こんなリアクションをされるのは人生初だから、私はものすごく驚いた。
「まじ、オレのこと怖くないの?」
ともう一度聞く。
すると鈴木は、
「宮田さん?だよね。よろしく。」
と言い、少し考えてから、
「僕、全然怖くないよ。ってか、何がそんなに怖いの?意味がよく分かんないんだけど…」
と困惑した表情になった。
おっおう…?
私は目を見開いた。
なんと!私のことを怖がらない男がいた。
この瞬間、私の心の中で今までとは違う新しい扉が開いたのを感じた。
◇
その後、私は隣席の鈴木をそっと観察するようになった。
すごく頭が良くて、クラスはもちろんのこと、学年でもトップレベルの成績であること。
自分の持ち物には全て、黒のマジックで自分の名前をデカデカと記名してあり、かなりダサいこと。
近眼でメガネをかけていること。
運動は苦手で、体力もなくて、すごくドン臭いこと。
友達はそれほど多くはないが、鈴木のことを信頼している親友らしき男子が1~2人いること。
家は割と裕福で、進路は進学校を志望していること。
…云々。
一番肝心の「彼女はいるのか?」については、この地味さとダサさから見て、間違いなくいないだろう…と私は確信した。
こんな感じで鈴木のデータを収集していくうちに、鈴木が私の心の中で大きな存在感を占めていくようになった。
教室で鈴木の声がチラッと聞こえると、ドキッとしてそちらを見てしまう。
遠くで鈴木の姿を見つけると、アッ!と気づき目で追ってしまう。
これって恋やんけーー-!
私は自分の気持ちに驚いた。
今まではお兄ちゃんの友達や、お姉ちゃんの彼氏に憧れを抱いたことはあったけど、同級生の男子に、こんな気持ちを感じたのは初めてだった。
これって初恋…?
私は頬がカーと熱くなるのを感じた。
超ダサくてメガネのヒョロ男なのに、どうしてこんなに心が惹きつけられるのだろう…。
今日も鈴木は、朝には「宮田さん、おはよう!」と私に声をかけ、授業中に私が臥せ寝していると「先生がこっち見てるから起きたほうが良いよ」と私を揺り起こし、給食中には「宮田さん、これ嫌いなの?僕もらってもいい?」と言って、全く手を付けていない私の牛乳にすっと手を伸ばし、先生が授業中に面白いジョークを言うと、ケラケラ笑いながらそっと私を見つめてくる。
そのたびに、私は
「おっおう…」と、落ち着かない返事をするのだった。
鈴木といると、なんかペースが狂うんだけど、でも全然嫌じゃない。
私にとって鈴木は、初恋でもあり、初めてできた友達のような気がした。
◇
そんな鈴木に対して、私が唯一できるコミュニケーションは「背中を叩くこと」だ。
お姉ちゃんが彼氏によく「もうー!いやだー!」と甘えた口調で背中をバシバシ叩いているのを見ていたから、好きな男の子の背中を叩くのがデフォだと私は思い込んでいた。
だから、鈴木の背中を叩いたのだ。
だけど、最近は、さすがに仏顔だった鈴木も時々嫌そうな顔をするようになったから、これはやめた方がいいのかな?と思うようになった。
じゃあ、どうすればいいんだろう?
好きな人には、どう話しかけるといいのかな?
ずっと独りぼっちだった私には、どういう態度や行動が、相手に「親しみ」を伝える手段なのか?よくわからなかった。
だけど、このままでは鈴木も私に対して愛想を尽かして離れてしまうかもしれない。
そんなことを悶々と考えていたら、ある時、鈴木が
「宮田さん、どうしたの?最近元気がないよね。」
と聞いてきた。
うわっ!まじか。
本人から直接聞かれて、私はビビってしまう。
でも、ちょっと遠回しに聞いてみようと思った。
「うん、実はさ…。相手に嫌われないようにするには、どうしたらいいのかな?と思って…。どういう態度だと、相手は自分のことを好きでいてくれるのかな?」
と鈴木に尋ねた。
言いながら、これメッチャやばい質問だよな…と思い、胸がドキドキしてきた。
鈴木は、そんな私の気持ちなど気にも留めないで、
「ふーん、なるほど。人間関係の悩みだね…」
と言い、少し考えてから、
「宮田さんは、ツンデレだと思うんだよね。本当は優しくて温かいところがいっぱいあるのに、それを隠しているでしょう。僕、それはすごくもったいないと思うんだよね。もっと『素』の自分を出したらどうかな。」
と答えてくれた。
えっ?優しくて温かい…?
私はビックリした。
そんな風に私のことを見てくれていたんだ…。
私はなんだか胸がいっぱいになり、涙がブワーと出てきた。
「うわっ!宮田さん、えっ?どうしたの?大丈夫!?」
突然泣き出した私に、鈴木は驚いてあたふたし始めた。
私の目からは止めどなく涙が溢れてくる。そのうちに嗚咽も始まった。
「うん…。なんか急に涙が出てきちゃった。どうしたんだろう?自分でもよくわかんないよ…。」
堰を切ったように私は泣き伏した。自分でも止まらなくなっていた。
たまたま教室にいた他の子たちが、そんな私の様子に気付き、
「えっ!鈴木が宮田を泣かせたのー-!」
と騒ぎ出した。
鈴木は、周囲の反応と私の状況にどう対処していいかわからず、少しの間おろおろしていたけど、途中でハッと思いつき、
「宮田さん、ちょっと保健室に行こうか!」
と言って、私の手をパっとつかんだ。
涙でぐちょぐちょに濡れた私の手を、鈴木は強くぎゅっと握りしめてくれた。
それはまるで「大丈夫だよ、僕がついているから…」と言わんばかりの力の込め方だった。
こうして私は、鈴木に手を引かれて教室を飛び出した。
◇
号泣しているガラの悪い不良の私を、学年トップの成績のダサい鈴木が手を引いて保健室へと向かう様子は、私たちの学年の間でちょっとしたニュースになった。
だけど、あの時、鈴木に手を引かれて保健室に向かっていた私は、すごく幸せだった。
人生で初めて私と手をつないでくれた男子が、私の好きな鈴木であったこと。これは私にとって人生の宝物だと思った。
鈴木の前で泣いてしまったことは恥ずかしくて一生の不覚だったけど、でも、好きな男の子の前で素直に涙を流せた私は、この時、一人の女の子だった。
ヤンキーでも、不良でも、嫌われ者でもない…。一人の女の子。
この時の鈴木の手の温かさを、鈴木のやさしさを、私は一生忘れないようにしよう…。心にしっかり留めておこう。
そして、
このまま時間が止まってくれたらいいのに…。
そんなことを、私は生まれて初めて思った。
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