熱意なく、没頭せず、活力も低い学校への処方箋(前編) | 【月刊 学校法人】連載企画 2023年10月号
月刊「学校法人」に連載している「教育テックで変える未来社会」から、過去掲載された記事をnoteでご紹介させていただきます。
転載元:月刊 学校法人(http://www.keiriken.net/pub.htm)
過去の記事一覧はこちら
教育テックで変える未来社会(第 7 回)
熱意なく、没頭せず、活力も低い学校への処方箋
~教育テックで回す「学校経営者」「教職員」「学習者」のエンゲージメント・サイクル~
はじめに
仕事に対し「熱意があり」、「没頭し」、「活力 の高い」状態や、職場や所属コミュニティに対し「愛着を持ち、貢献したい気持ちが強い」状態を、「エンゲージメントが高い」と呼ぶ(詳細は後述)。私たち日本人は勤勉・誠実・真面目と評される。その国民性からすると、このエンゲー ジメントは世界的にも高いように思われる。しかし、現実は真逆である。
米ギャラップ社による調査「グローバルワークプレイスの現状2023年版」によると、日本では従業員エンゲージメントの強い社員は全体の5%しかおらず、世界平均の23%を大きく下回る最下位圏だ。参考までに、米国は34%、中国は18%、ドイツは16%、 韓国は12% である1)。
教育界のエンゲージメント
教育界のエンゲージメントに絞った調査は見当たらない。しかし、東京都内の公立小学校教員の求人倍率が過去最低の 1.1倍を記録する2) 等、教育界は深刻な人材不足にある。その原因の一つとして、教職員の働き方について労働の質および量について魅力的ではなく、働き方改革が必要であることが指摘される3)。
そもそも、 教職員のエンゲージメントについての公の調査がない時点においてそれほど重要視されていないのではないかとも考えられ、教職員のエンゲージメントは必ずしも高くはない現状が窺える。 では、どのようにすれば教育現場のエンゲージ メントを底上げできるのかについて、考える必要がある。 筆者らは、エンゲージメントを含む、ウェルビーイングをテーマにした書籍『それでも今の居場所でいいですか?』(蓮村俊彰、すばる舎) を 2023年 7月に上梓する等、本課題に対して主にビジネス実務の現場から様々考察してきた。 そこで、教育界にも適用可能と思われる様々な 理論やコンセプトを紹介しつつ、エンゲージメ ントの高め方を探っていきたい。
日本社会が抱える“エンゲージメント 欠乏問題”とは?
「はたらく幸せ実感」が世界最下位の日本
冒頭で紹介した調査会社ギャラップ社は、国連「世界幸福度報告」でも採用される調査会社である。この幸福度ランキングでも日本は主要国中最下位(全体 47 位)である。 エンゲージメントに関して、ギャラップ社に限らずいくつかの企業が調査をしている。例えばパーソル総合研究所「グローバル就業実態・ 成長意識調査―はたらくWell-beingの国際比較 ―」では、日本は「はたらく幸せ実感」が世界最下位となった4)。その他、Universum社の働 きがい関連調査でも日本は最低レベルである5)。
教職者人材不足の要因
民間企業社員のエンゲージメント調査の結果をもって、学校法人従業員のそれが低いと見なすことはできない。古くは聖職と称され尊敬を集めた職種であり、実際に国家社会の未来を担う仕事だ。自負や誇りを抱く教職員もいることだろう。教職員のエンゲージメントの正確な実態は、統計学上有意な規模で教職員を対象としたエンゲージメントサーベイが必要である。しかし、昨今の教職員の人材不足は、つまるところ就業希望者の欠乏と離職者の増加によって引き起こされている。
低エンゲージメント人材が破滅の入り口
これらはエンゲージメントの高い職種・職場では起こりにくい。よって、 相応に教職員のエンゲージメントも低い状況あろうことが推察される。 人材不足は採用基準のハードルを押し下げてしまう。つまり、頭数を揃えるべく、エンゲー ジメントの低い人材も採用せざるを得なくなる。 こうして組織に入り込んだ低エンゲージメント人材は、意欲・活力に乏しく、組織内でモラー ル・ハザード行動(サボり、フリーライド)を 引き起こす。
この事態は、元々意欲の高かった 周囲の他の職員のエンゲージメントをも破壊する。こうしてどんどんその職場のエンゲージメ ントは劣化し、人材不足に拍車がかかり、更に質の悪い人材しか供給されなくなるネガティブスパイラルが生まれる。 その行き着く先は、昨今度々ニュースになるような、不正や不祥事、職員の犯罪行為とその組織ぐるみの隠蔽工作といった、組織の存在意義が否定され、社会への存在価値が消失する事態だ。
エンゲージメントが低い状況とはつまり、「職員のやる気がちょっと足りない」程度の生易しい状況ではない。これは破滅に至る道の入口である。全体的に、そして世界的にエンゲージ メントの低い日本においても、こと国家社会の未来を担う教育界においてはこれを看過することはできない。
エンゲージメントとは何か?
Engagement は、【没頭していること】【誓約・ 約束】【噛み合っていること】を表す英単語であ る。婚約指輪を「エンゲージリング」と呼ぶが、 このエンゲージメントを表明する指輪の意であ る。要は「あなたに首ったけ」ということだ。 ビジネスの現場では 2 つのエンゲージメント が重要な概念として特に注目される。
(1)ワーク・エンゲージメント
(2)エンプロイー・エンゲージメント
一つずつ見て行こう。
(1)ワーク・エンゲージメント
蘭ユトレヒト大学のウィルマー・B・シャウフェリ教授が「バーンアウト」(燃え尽き症候群) の対局の概念として 2002年に提唱した6)。シンプルに言えば「自分の仕事に対する愛着」を指し、 要素として「熱意があるか」、「没頭しているか」、「活力が高いか」で計測される。
「仕事を進んでやりたい」、「仕事をすることに喜びを感じる」状態であり、「仕事をせねばならない」というやらされ感や、強迫観念に突き動かされるワーカーホリックとは異なる概念とさ れる。
(2)エンプロイー・エンゲージメント ( 従業 員エンゲージメント)
米ジェネラル・エレクトリック(GE)社のCEO(当時)ジャック・ウェルチ氏がその重要性に着目したことで広がった概念である7)。「構成員が所属組織に抱く愛着」を指す。これが向上すると、構成員は所属組織への貢献意欲が高まる。 結果、モラル(道徳、倫理)やモラール(労働意欲)、 構成員間のコミュニケーションが向上し、自発的な様々な活動に繋がる。エンプロイー・エンゲージメントの高い構成員は、求められる役割以上のパフォーマンスを発揮し、組織や本人を大きく成長させていく。エンプロイー・エンゲージメントを向上させるためには、所属組織におけるワー ク・エンゲージメントも高く保つ必要がある。
優秀な人材はエンゲージメントを求め遷ろう
日本の最高学府として名高い東京大学の卒業生は、就職先を選ぶ立場にあることが多い。優秀な彼らは自らを成長させ、社会に貢献できる、 エンゲージメントの高い職場を常に求めている。 2014年に PRESIDENTに掲載された記事「朝日新聞社の新入社員、今年は「東大卒ゼロ」8) では、かつて日本を代表する全国紙として人気を集めた朝日新聞社に、東京大学の学生が1名も入社しなかったという内容だ。同社の不祥事(吉田調書問題/従軍慰安婦問題等)が噴出した時期であり、新聞業の先行き不安や新聞記者の 「夜討ち朝駆け」というブラック極まるワークスタイルも忌避された要因だろう。
2023年には、日経ビジネスに「加速する東大生の「霞が関離れ」、その真因を考える」と題する記事が躍った9) 。長年東大生の人気就職先、 ないし東大卒が寡占してきた上級国家公務員を志望する東大生が激減している。理由としては続発する官製不祥事、政治主導による官界の独立性の低下(下請化)、国会対応等による長時間残業、天下り先の減少など待遇の劣化と分析さ れている。
国を動かすというやりがいも、経済的な待遇も減少し、エンゲージメントも消失しつつあるということだろう。 さて、翻って我が身はどうだろう。教育界は東大生のような優秀な人材を惹きつけられているのだろうか。 言うまでもないが、東大生というのはあくまで比喩、アナロジーである。ここで言いたいのは、 売り手市場にあり、職場を自由に選べる立場の才気溢れる若者が、人類社会の未来を担う教育の界隈を目指したいと志すか否か。志されるだけのエンゲージメント環境を先達たる我々が用意できているのか、ということだ。
望めば 20代で年収一千万円を裕に超えるサラリーを得られる優秀な学生が、貴学の門戸を叩くことも決して夢妄想の類ではない。ことZ世代と呼ばれる若者たちは「社会課題の解決」と いったテーマに大きモチベートされることが 各種調査より判明している 10)。教育は究極のSDGsであるとの信念に基づくエンゲージメン トへの創意と工夫、経営陣による覚悟とコミットメントは、志高く、若き情熱を秘めた学生の胸に大きく響くだろう。
教育エンゲージメント・サイクルを掲げよう
さて、では教育機関として志すべきエンゲージメントとは何であろうか。私は本稿で「教育エンゲージメント・サイクル」を提唱したい。 教育を掲げる全ての組織団体が須らく目指すべ き方向性として考えたものである。
【教育エンゲージメント・サイクル】には3つのレイヤーが存在すると考える。
(1)学校経営者エンゲージメント
(2)教職員エンゲージメント
(3)学習者エンゲージメント
次の記事以降はこの【教育エンゲージメント・サイクル】について記述していく。
▼続きはこちらをご覧ください。
転載元:月刊 学校法人 http://www.keiriken.net/pub.htm
教育テック大学院大学について
📢入学に関する説明会を順次開催中!
申込はこちらから