だじゃれを言えるあの子がうらやましかった
息子がハマっている絵本。
「だじゃれすいぞくかん」と「だじゃれオリンピック」。
びっくりするほど笑う。
「おちてもへいきんだい!」
よほど気に入ったのか、1日に10回くらい繰り返している。彼は平均台遊びが大好きなのだ。
「おさきマっグロ」
保育園の行き帰り、道行くひとに大きな声で言うので不安になる。おさきマっグロ!おさきマっグロ!あははは!とか言う。
「カレーっ!」
このページを見ながら、息子とふたりで「カレーはカレー!」「ほんとカレー!」「すごくカレー!」と言っては、笑いころげる。私はそのたびに、小学6年生のある日のことを思い出す。
あの日、給食の献立はチキンカレーだった。騒がしいはずの給食タイム、教室が一瞬だけ、ふっと静かになったことがあった。たまたまみんなの会話がやんで、空白が訪れた、奇跡みたいな数秒間。みんなが、なにか話さなくてはと思った瞬間、私の斜め前に座っていた女の子が、スプーンを掲げ、大きな声で言い放ったのだ。
「カレーはカレー」
教室中が、どっと湧いた。なぜか息が切れるほど笑った。カレーはカレー。本当にそのとおりだと思った。カレーはカレー。何度も笑って、ひと口食べて、また笑って、みんな、カレーをもりもり食べた。ある男子は口から牛乳をふいた。
そのあとの昼休み、クラスメイトと、しみじみ話した。「あそこでカレーはカレーって言える〇〇ちゃんはほんとすごい」「私は恥ずかしくて、だじゃれなんて言えない」「私も言えないよ、シーンってなるのがこわい。勇気がない」。みんなで彼女に羨望のまなざしを向けた。
思えば、自分が子供のころ、だじゃれを言った記憶がない。いったい、いつから言えなくなったのか。そもそも言っていたんだろうか。
カレーはカレーと言い切ったあの子は、小学校でも中学校でも、よくモテた。そりゃそうだよなあと思う。カレーはカレーって言えない子より、言える子のほうがずっといい。私が男子だったとしたら、言える子のほうを好きになる。
彼女はいま、どこで何をしているんだろう。私はやっと、三十代にして、だじゃれが言えるようになった。