決断できないのは「正しさ」を軸に据えているからではないか

のっぴきならない事情で一時帰国を決めてから、毎日更新が途絶え2週間がたってしまいました。連日更新できる目途が立たないので、まずは週3ペース(原則:月・水・金)で改めてnoteを綴っていきたいと思いますので、お時間のある時に読んでもらえると嬉しいです。

昨日amazonで観た映画。「恋妻家宮本」(2017)
主人公の陽平(阿部寛さん)の優柔不断さが自分に重なって引き込まれてしまいました。

昔は、決められないのは「優柔不断のA型だから」と世代の方はわかるハイチュウのCMになぞらえられ、大人になれば「価値観が明確ではないから」だ、「優先順位が決まっていないから」だと、ご高説いただくのですが、

一般的にはそうだけど、「価値観も優先順位もある。そこじゃないんだよな」とモヤモヤしていたわけです。特にコミュニケーションで相手の質問や希望に「う~ん。。。(無言、、、)」のようなとき、自分の答えがないわけではなく、あれもこれも、あの要素も考えると、でも相手はこうだし。。。(これ、永遠にできる)と。みなさんはいかがでしょうか。

この映画の中にそのモヤモヤの一端をほぐすヒントと対処法が描かれていました。

そのモヤモヤの原因は「正しさ」。さらにHSP特有のDOESにより相手の感情や共感だけではなく、無意識に相手の「正しさ」を軸にして考えてしまっていたように思えます。

「正しさ」を論点に置いた議論は勝敗も正否もつきません。経験上、議論を続けると深刻な喧嘩になります。タイトル写真のように、二つはどちらも月です。だけど違う見え方をしているのです。だからどうしたって折り合えないのです。

そんな物騒なものを自分の中に複数取り込んで、検討をしては決めること能わず。解けない知恵の輪をやり続けるようなもの。頭はパンクしてしまう。

ではどう対処していくか。それは映画のあらすじの後にしたいと思います。

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「恋妻家宮本」(2017)
(少々ネタバレありです。)

子育てを終え、二人になった夫婦(阿部寛さんと天海祐希さん)の熟年離婚の危機を乗り越えて、愛を再確認するお話です。

そんな阿部寛さんは中学校の教師で、決められない性格。ファミレスのメニューだって、学生時代の付き合う相手も、それから結婚するかしないかも。そんな優柔不断なところが、ほんと自分と一緒でつい笑ってしまった。

そして中盤に差し掛かったところで、ある事件がおきます。

陽平はある男子生徒の家で、その生徒のお母さんへのお弁当作りを手伝っていました。その生徒のお母さんは、旦那が海外勤務中に不倫相手とドライブしていて事故にあってしまい入院しています。

罪の意識でご飯にも手がつかず子供に連絡もできない母親。素直になれない男子中学生の彼は病室を覗くもどうしたら良いのかわからなくて、そのまま帰っていく。その様子を偶然見た陽平は、何かを感じてお弁当を持っていってはと提案したのでした。

しかし、作っている最中にお姑さんが登場。旦那を裏切り育児放棄している母親は許せないとまくし立て、帰れと怒鳴りつけます。

ここからです。
陽平がなぜ決められないのかがわかりました。

(お姑さんは)間違ってはいないです。
けど、優しくない。

じつは私も昔から正しいことにこだわってきました。ただ、井上さん(お姑さん)と違うのは、自分の決断に自信が持てないだけで。

だから、自分が正しいと思っても、それはもしかしたら相手にとっては押し付けでしかないことってあると思うんですよ。

教師として、生徒に正しいことをしろというのは簡単ですけど、それはただの自己満足なのかもしれないし、

こうやって勝也君がお母さんのためにお弁当を作るのは、もしかしたら正しくないことかもしれない、でも、優しいことではある。そう思いませんか。

正しいことをするのはもちろん大切なことです。だけど、優しいことをするほうがもっと大切なんじゃないでしょうか。

戦争みたいに正しさと正しさはぶつかるけど、優しさと優しさならぶつからない。二つの優しさがぶつかったら、もっと大きな優しさになる。

HSPだろうとそうでなかろうと、相手の本当の心までもが感じられるわけではないし、相手のすべての経験をふまえるなんてできることではない。

だから頭の中で、感知した情報をもとに複雑怪奇なn次方程式を解いて絶対解を探し続けることを一端脇に置いて、「優しさ」のようなぶつからない軸をもって、相手と向き合うことが大切なんだと思いました。

目的は、解を見つけることじゃない。
目の前にいるその人と対峙することなんだから。

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