死んだ母をAIで蘇らせた青年 『本心』
■あらすじ
母の秋子と二人暮らしをしている工員の石川朔也は、母から「話したいことがある」と電話を受けたが、忙しさを言い訳にしてすぐ家には帰らなかった。その夜、母は雨で増水した川に姿を消し、母を助けようとした朔也も意識不明の重体になる。
1年後。病院で意識を取り戻した朔也は、警察が母を「自由死」として処理したことを知る。母が自ら命を絶ったという意味だ。母が命を絶つ前、最後に話したかったこととは何なのか。そのことが、朔也の心のわだかまりになる。
朔也は保険金と貯金をはたいて、亡き母の人格をAI技術で復活させたバーチャルフィギュア(VF)と暮らし始める。工場の仕事はロボットに置き換えられ失業したので、依頼人の要望に応じてあちこちにでかけ、その映像や音声を依頼人に配信する「リアル・アバター」の仕事に就いた。
VFの母との二人暮らしは、やがて母の友人だった若い女・三好彩花を加えた三人暮らしに変わるのだが……。
■感想・レビュー
物語の舞台は、我々が生きている世界にごく近い、近未来の日本だ。映画にはさまざまなアイデアが盛り込まれている。
膨大な資料と自動学習機能によって、AIが生成した人工的な人格バーチャルフィギュア(VF)。依頼人の求めに応じて行動し、その体験を依頼人にリアルタイムに中継するリアル・アバター。これらは人間の「現実感」を揺るがし、現実と虚構の境界を曖昧にしていく。
「自由死」というアイデアは、最近話題になった「高齢者は社会保障費軽減のため安楽死させるべきだ」という政治主張と響き合う。この映画の世界では、高齢者が自らの意志で命を絶つことを「自由死」と呼び、登録者が自由死を選ぶと遺族に幾ばくかの褒賞金が支払われるらしい。
闇バイトの話も出てくる。犯罪手続きを細分化し、各行程ごとに見ず知らずのアルバイトに作業を外注するのだ。個々の行程は軽微な犯罪でも、全体を通すと重大な凶悪犯罪になる図式だ。
社会を「こちら」と「あちら」に分断し、その分断を内面化しながら生きている人々。これもまた、現代社会の姿だろう。
この映画は架空の世界を舞台にした、完全なフィクションだ。しかしそれは、歪んだ鏡に映った現代日本社会の姿そのものでもある。今この時代に作られるべき必然性を持った映画であり、ここで描かれているさまざまな事象は、現代日本社会への批判として鋭い切れ味を見せる。
しかし……なのだ。
映画のテーマやアイデアが面白くても、それが面白い映画になるとは限らない。僕はこの映画をさっぱり面白いとは思えなかった。確かに興味深くはある。だが、楽しくない。今にも泣き出しそうな池松壮亮の情けない顔や、田中裕子の戸惑ったような顔、いつも困惑している三吉彩花の顔を見ていても、心が開けてこない。どんよりと沈んだ澱があるだけだ。
水上恒司はこのよどみを引っかき回すトリックスターだろうが、うまく噛み合わず空回りしていたのが残念。
TOHOシネマズ日比谷(スクリーン10)にて
配給:ハピネットファントム・スタジオ
2024年|2時間2分|日本|カラー
公式HP:https://happinet-phantom.com/honshin/
IMDb:https://www.imdb.com/title/tt34383346/