悪夢のような不条理世界の陶酔感 『雨の中の慾情』
■あらすじ
つげ義男は売れない漫画家だ。新作「雨の中の慾情」を描き上げたが、これも売れる予定はなく、作品が売れないからいつも金がなく、怪しげな手伝いやアルバイトに駆り出されることになる。
その日は大家に言われるまま、自称小説家の井守と共に、町外れの家の引っ越しを手伝うことになった。離婚したばかりだという福子という女は美しく、大胆でもあり、義男はたちまち彼女に魅了されてしまう。
近くの喫茶店で働き始めた福子目当てに、足繁く店に通う義男だが、井守は「福子には恋人ができた」と言う。そして井守の家を訪ねた義男は、彼女の恋人が他ならぬ井守であることを知るのだ。
義男同様に金のない井守はPR誌の発行を企画して、怪しい編集者と営業の男を連れてくる。だがこの営業が食わせもので、顧客から預かった広告費を着服して逃げてしまった。客に追われる井守は、福子と共に義男の部屋へ。ここから悩ましい三人の暮らしが始まることになる。
■感想・レビュー
つげ義春の短編漫画「雨の中の慾情」を原作に、片山慎三が脚色・監督したラブストーリー作品。原作は映画冒頭にある短いエピソード部分のみ。原作表記はこれだけだが、PR誌を巡るエピソードは、別のつげ作品「池袋百点会」で、福子や守屋はこの作品の登場人物だ。(なお「池袋百点会」は、石井輝男の『つげ義春ワールド ゲンセンカン主人』(1993)でも一度映画化されている。)
おそらくこれに限らず、映画にはさまざまなつげ作品のエッセンスが散りばめられているのだろう。例えば義男の住居兼仕事場にある「目」のモチーフは、代表作「ねじ式」からの引用だと思うし、義男が女を追って夜の市場をさまよう場面は、歩き回る義男の周囲に動作を止めた人物を複数配置して、つげ義春の世界を再現している。
映画の舞台は、昭和30年代から40年代風の日本のどこかのようだ。日本の懐かしい風景のようで、じつは日本のどこにもない不思議な風景だが、これは台湾でロケーション撮影したものらしい。台湾の風景をつげ義春の世界に見立てるというのは、アイデア賞だと思う。
しかしこの物語世界は、やがて日本ではないことが明らかになる。世界は主人公たちが暮らす貧しい北町と、豊かな南町に分断され、境界線には国境のような検問所が作られている。警備兵たちは中国語のような言葉を話しているし、南町には中国語を話す大富豪たちの暮らしがある。これはどこにもない、夢の世界なのだ。
物語はあちこちに大きく蛇行旋回しながら、最後の思いがけない着地点に向けて、二転三転しながら猛スピードで突き進んでいく。すべてのエピソードの軸になっているのは、義男の福子への愛だ。だからこれはラブストーリーであることは間違いないのだが、ここに描かれている「愛」は、対象に対する「執着」に近いものなのかもしれない。
とても面白く、個人的な今年のベスト5に入る作品。福子役の中村映里子が素晴らしい。
109シネマズ木場(シアター7)にて
配給:カルチュア・パブリッシャーズ
2024年|2時間12分|日本、台湾|カラー
公式HP:https://www.culture-pub.jp/amenonakanoyokujo/
IMDb:https://www.imdb.com/title/tt34278071/