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杉咲花の芝居のパンチ力に圧倒された 『52ヘルツのクジラたち』

3月1日(金)公開 全国ロードショー

■あらすじ

 大分の小さな港町。海を見下ろす木造テラス付きの古い空き家に、東京から三島貴瑚が引っ越してくる。その素性を巡って周囲の住人たちに格好の話題を提供してしまう貴瑚だが、彼女はかつてこの部屋に住んでいた女性の孫娘だった。

 ある日彼女は、周囲から孤立する無口な男の子に出会う。その身体には、虐待の痕跡があった。同じ年頃に母親から虐待を受けていた貴瑚は、男の子を放っておくことができない。

 男の子を自分の家に保護した貴瑚は、彼にある「歌」を聞かせる。それは海の中に響くクジラの声。通常のクジラより高い52ヘルツで歌うクジラの声は、他のクジラには決して聞き取れない。どれほど寂しく孤独でも、その悲鳴のような声は誰にも届かないのだ。

 かつては貴瑚も、誰にも聞き取れない悲鳴をあげる52ヘルツのクジラだった。だがその声を聞きつけ、耳をすまし、手を差し伸べてくれた人がいた。

 それがアンさん、今はいない岡田安吾だった。

■感想・レビュー

 町田そのこの同名小説を、杉咲花主演で映画化したヒューマンドラマ。監督は成島出。他の出演者には、志尊淳、宮沢氷魚、小野花梨など。少年を演じる桑名桃李は本作が映画デビュー作だという。余貴美子や倍賞美津子といった大ベテラン勢が、物語の要をピシッと締めているのも素晴らしい。

 原作未読だが、この映画は時間の処理がちょっと複雑だ。貴瑚と少年を巡る「現在」の物語があり、そこに貴瑚の「過去」の物語がたびたび割り込んでくる。そこでは「過去」の事件を通して「現在」の事件に複数の視点が与えられ、「現在」との時間の隔たりによって、「過去」は過ぎ去って変えられない物語として客観視される。

 そのためこの映画、あらすじを書くのが難しい。「現在」だけでも「過去」だけでも、物語がかなり中途半端で説得力に欠けるような気がするのだ。しかしこの二つの時間が組み合わさることで、物語が力強いものになる。

 この作品のテーマは「家族の呪い」であり、そこから逃れ出ようとして声にならない叫びを上げる人々を「52ヘルツのクジラ」に例えている。この映画の重苦しさは、映画に登場するほとんどの人が、形は違えど同じ呪いにがんじがらめになっていることだと思う。貴瑚や安吾、貴瑚に保護される少年の苦しみや、その身に受けてきた呪いは深刻だ。だが映画は彼らの視点で進行するので、そのことに同情され共感されることも多いだろう。

 だが「家族の呪い」は貴瑚の母も同じように縛っているし、貴瑚の恋人の新名主税も、我が子をムシ呼ばわりしたあげくに捨て去る品城琴美も、家族の存在に苦しみ身悶えしている点では「クジラ」たちの一人なのかもしれない。主税や琴美の叫びは誰からも同情されず理解もされないまま、物語の世界から最終的に排除されてしまうのだが……。

 俳優達によるエモーショナルな芝居が胸を打つ。杉咲花は序盤からすごいが、終盤に長回しで語り続ける場面に圧倒された。

TOHOシネマズ日比谷(別館シアター12)にて 
配給:ギャガ 
2024年|2時間15分|日本|カラー 
公式HP:https://gaga.ne.jp/52hz-movie/
IMDb:https://www.imdb.com/name/nm4954157/

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