爽やかで力強い青春音楽映画 『パリのちいさなオーケストラ』
■あらすじ
アルジェリア系移民二世としてパリ近郊に生まれ育ったザイアは、クラシック音楽好きの父の影響で幼い頃からギターやビオラを習い、いずれは指揮者になりたいと願っていた。
地元の音楽学校で優秀な成績を修めたザイアは、双子の姉のフェッテゥマと共に、パリの名門音楽院に転校。そこで本格的に指揮の勉強をしようとするが、
裕福なフランス人家庭の出身者が多い学院の生徒たちはザイアを軽んじがちだ。
だが学院にゲスト講師としてやってきた国際的な指揮者セルジュ・チェリビダッケとの出会いが、ザイアの運命を大きく変えていく。ザイアに可能性を感じたマエストロは彼女を門下に招き、音楽の精神や指揮技術を基礎から徹底的に仕込んでいく。
ザイアは指揮を学びながら、パリの音楽院で学ぶ仲間や地元音楽学校の生徒を交えた自分のオーケストラ「ディベルティメント」を結成する。だがそんな彼女に、これまで味わったことのない大きな試練が待っていた。
■感想・レビュー
主人公のザイア・ジウアニは実在するフランスの女性指揮者で、映画の原題である「ディベルティメント」は、劇中にも登場する彼女のオーケストラの名前。僕はてっきりこの指揮者がフランスの有名人なのかと思ったが、ネットで情報を調べる限り、必ずしもそういうわけではないらしい。彼女が有名だから映画になったのではなく、この映画がきっかけで有名になったらしいのだ。
無名の少女が自分の努力と才能で、夢を勝ち取っていく定番のサクセスストーリー。友人の応援。家族の後押し。有力者の力添え。若者ならではの万能感。夢が近づいてくることで生じる孤独と恐怖。そして大きな挫折。青春映画の定番エピソードが手際よく盛り込まれている脚本構成は紋切り型ですらあるが、それが紋切り型に見えないのは、登場人物たちのキャラクターが紋切り型になっていないからだ。
主人公ザイアはアルジェリアからの移民二世で、彼女の師匠になるチェリビダッケは東欧ルーマニア出身。非西欧的な文化背景を持つ二人が、ヨーロッパ文化の中心であるパリで出会い、ヨーロッパ文化の精華とも言えるクラシック音楽の世界で師弟関係を結んでく。音楽院はパリの中心部だが、ザイアが暮らすのは移民の多い地域。こうした対比はフランスという国の「多民族性」を浮かび上がらせて、紋切り型の青春映画に厚みを生み出している。
この映画は登場人物たちが歌い踊る「ミュージカル映画」ではないが、音楽を通して登場人物たちの気持ちを語らせるという点で、下手なミュージカル以上のミュージカル映画になっている。刑務所で「夢のあとに」を演奏するシーンは、演奏シーンだけで父と息子の和解を描いているし、ラストシーンの「ボレロ」も素晴らしかった。台詞がひとつもないのに、登場する人たちの思いが全部観客に伝わってくるのだ。
こうした演出が堂々とできるのは、映画の作り手が「音楽が人を変える力」を信じているからだと思う。
(原題:Divertimento)
ヒューマントラストシネマ有楽町(シアター1)にて
配給:アットエンタテインメント
2022年|1時間54分|フランス|カラー
公式HP:https://parisorchemovie.com/
IMDb:https://www.imdb.com/title/tt23741324/