全斗煥の粛軍クーデターはなぜ成功したのか 『ソウルの春』
■あらすじ
1979年10月26日。韓国の独裁者・朴正熙大統領が暗殺された。この時、犯人逮捕と取り調べの中心になったのが、合同捜査本部長のチョン・ドゥグァン少将だった。
彼は陸軍士官学校卒業者らで作る秘密結社ハナ会のリーダーで、暗殺事件で動揺する韓国軍内部で一気に存在感と発言権を増していく。これを危惧したのが、参謀総長のチョン・サンホ大将だ。
彼はハナ会側を牽制するため、陸軍総合行政学校出身でハナ会と距離を取るイ・テシン少将を首都警備司令官に任命。さらに軍の組織改革でハナ会メンバーを要職からはずし、骨抜きにしようとする。しかしチョン・ドゥグァンらがこれを黙って見ているはずがなかった。
彼は捜査本部長権限で参謀総長を逮捕し、ハナ会で軍の実権を掌握しようと計画。同年12月12日、いよいよ参謀総長拉致を実行した。だが動き出した計画は番狂わせの連続。犯行グループはあっという間に警備兵に取り囲まれてしまった。
■感想・レビュー
1979年12月に、後に大統領となる全斗煥(チョン・ドゥファン)らが引き起こした「粛軍クーデター」を映画化した作品。物語は概ね史実通りに進んで行くが、細部は史実よりもドラマチックに脚色してあるらしい。つまり、史実に基づくフィクションだ。
そのためこの映画では、主要な登場人物はモデルの人物名を改変した仮名になっている。ハナ会のリーダーだったチョン・ドゥファンはチョン・ドゥグァンに、ナンバー2で後に大統領になる盧泰愚(ノ・テウ)はノ・テゴンに、参謀総長のチョン・スンファはチョン・サンホ、首都警備司令官のチャン・テワンがイ・テシンになった。
後の大統領も含め、韓国人なら多くが知らぬはずのない名前をこうして変えているのは、映画の作り手が「これは史実そのものではないですよ」と観客にアピールするためだ。実際のクーデターは短時間にあっさり片が付いてしまったようだが、この映画ではクーデター派と反クーデター派が最後の最後まで拮抗し、どちらに転んでもおかしくない緊迫したサスペンスを作り出す。
映画のタイトルは『ソウルの春』だが、これは1968年にチェコで起きた一時的な民主化「プラハの春」になぞらえて、全斗煥大統領暗殺後に韓国内で盛り上がった民主化の動きに名付けられたものだ。本家「プラハの春」が短い春で終わったように、韓国版の「ソウルの春」も短い春で終わった。それは本作で取り上げられた粛軍クーデターで大きく停滞し、翌年の光州事件でとどめを刺されたということらしい。
なぜ韓国にとっての民主化の春は、ごく短期間で終わってしまったのか? その問いに答えようとしたのが、本作なのだと思う。それは結局、当時の韓国の政治形に、軍の上層部に、民主化を受け入れるだけの胆力が備わっていなかったということに尽きると思う。特に粛軍クーデターをいとも簡単に成功させてしまった軍上層部の腑抜けぶりには、啞然としてしまった。
(原題:서울의 봄)
角川シネマ有楽町にて
配給:クロックワークス
2023年|2時間22分|韓国|
カラー
公式HP:https://klockworx-asia.com/seoul/
IMDb:https://www.imdb.com/title/tt22507524/
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