なんという幸福なエンディング! 『室井慎次 生き続ける者』
■あらすじ
警察を辞めて故郷の秋田に戻った室井慎次は、犯罪加害者・被害者の子供、タカとリクの里親となって静かに暮らしていた。だがその穏やかな暮らしは、家のすぐ近くでひとつの死体が見つかったことと、猟奇殺人犯・日向真奈美の娘だという少女・日向杏が現れたことで揺れ動きはじめる。
殺人事件捜査に警察OBの協力者として関わるようになった室井。だがその矢先に、室井の家の作業小屋が全焼する事件が起きる。(ここまでが前半『室井慎次 敗れざる者』の内容。)
作業小屋の火災は放火と思われたが、室井はあえて被害届を出さなかった。一人黙々と、火事の後片付けをする室井。そんな彼のもとを、ひとりの男が訪ねて来る。刑務所を出所したリクの父が、息子を引き取って再び一緒に暮らしたいと挨拶に来たのだ。
児童相談所に呼び出された室井は、担当職員からリクを父親のもとに戻すようにと言われる。里親の室井は、この決定に黙って従うしかなかった。
■感想・レビュー
物語が完全につながっているので、前後編でひとつの物語と観た方がいいだろう。前編1時間55分、後編1時間57分、合計3時間52分の大作だ。
1998年の『踊る大捜査線 THE MOVIE』や、2003年の『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』の内容や登場人物をゆるく継承しながら、元警察庁長官官房審議官・室井慎次のその後の姿を描いている。
事件捜査を軸に物語が進行していく「刑事ドラマ」ではあるのだが、今回の映画は犯罪ミステリーやサスペンスの味が薄い。事件捜査も描かれてはいるが、肝心な部分は映画の外で進行して、犯人はいつの間にか捕まってしまうのだ。なぜこうなったのか?
主人公が元警察関係者ではあっても捜査の中心にいるわけではない一般市民なので、犯罪捜査のドラマからはずれているという理由もあるだろう。しかしそもそもこの映画の作り手たちは、今さら室井を主人公に犯罪ミステリーを作る気がなかったのではないだろうか。犯罪ミステリーをやる気がないから、室井は警察を引退して田舎に引っ込んだし、周囲から捜査への復帰を促されてもそれを固辞し続ける。ではこの映画は何がやりたかったのか?
この映画は公的権力から離れた室井の姿を通して、何の権限も力も持たない一人の男が、孤軍奮闘しながら自分の居場所を見つけていく物語になっている。室井は権力を振るわない。組織を頼らない。彼は公権力をあてにせず、権威的に振る舞わない。自分の腕力に物言わせることもない。
映画の中心にあるのは、室井が子供たちと関わり合いながら、その中でしみじみと味わっている幸福な気持ちなのだ。この幸福感を観客も共有するために、この映画は前後編4時間近い時間を要したのだと思う。自分以外の誰かのために生きてこそ、はじめて出会える幸せがあるのだ。
室井の人生は、幸せなものだった。映画を観ればそう信じられるはずだ。
TOHOシネマズ日比谷(別館シアター12)にて
配給:東宝
2024年|1時間57分|日本|カラー
公式HP:https://odoru.com/
IMDb:https://www.imdb.com/title/tt33452952/