室井慎次の不穏で緊張に満ちた日常 『室井慎次 敗れざる者』
■あらすじ
長年に渡って警察内部の組織改革に取り組んできた室井慎次は、反対派の巻き返しにあって任を解かれ、退職間近であったにも関わらず警察を辞職。その後は故郷秋田の山間にある小さな集落で、里子として引き取った高校生のタカと、小学生だが不登校になっているリクと共に暮らしている。
長年の宮仕えから完全に離れたいのか、今は畑を耕して野菜を作り、川に行って魚を釣るという、半分自給自足のような浮世離れした暮らし。淡々とした、穏やかな生活だ。
だがその暮らしに、突然不穏な影が忍び寄ってくる。室井の家のすぐ近くで、埋められた遺体が発見されたのだ。身元はすぐに判明。最近出所した特殊詐欺グループの一員だ。近隣住人の室井を見る目は厳しくなった。
同じ頃、室井の家には終身犯の娘・杏も同居することになる。警察に仕事からはすっぱり足を洗ったはずの室井だったが、本人の思いとは裏腹に、凶悪事件の捜査に巻き込まれて行くことになる。
■感想・レビュー
1997年に放送されたテレビドラマ「踊る大捜査線」と、そこから派生した映画シリーズの最新作。劇場映画版は『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』(2012)以来、12年ぶりの最新作だ。
柳葉敏郎扮する警察庁キャリア完了の室井慎次が主人公だが、今回の室井は既に警察を辞めている。これが本シリーズとしてはきわめて異色だ。「踊る大捜査線」シリーズは、警察という「お役所」の姿を、そこに勤務する人々の目を通して描いた「サラリーマン喜劇」の一種でもあったからだ。
今回の映画はシリーズとしては初の前後編で、今回の『敗れざる者』は全編にあたる。後編は11月15日に公開される『室井慎次 生き続ける者』だ。作品としては前後編合わせてひとつの物語だろうから、後編が今回と同程度の尺だとすると、全部で4時間ぐらいの大作になる。
今回の前編は、物語全体の助走部分だ。起承転結の起承であり、序破急の序。シド・フィールド流の脚本術なら、第一幕の状況設定が一通り終わり、第二幕の幕が開いて、物語内部の対立と葛藤が高まってきたところまでだ。
今後物語は勢いを付けて急展開していくはずだが、映画はそこに至ることなくじっと力をため込んでいる。肉食獣がじっと地に伏して、近づいてきた獲物に飛びかかろうと息を潜めている状態。そんな不穏な緊張が高まっているところで、映画は後半にバトンタッチする。
要するに、今回の映画はまだほとんど何も起きていない。これから大変なことが起きそうな気配はするが、嵐の前の静けさでまだ何も動き始めていない。ならばこの映画は退屈なのか? つまらないのか? そんなことはまったくない。僕はこの映画を、結構楽しみながら観ていた。たっぷりと時間をかけて描かれる室井慎次の不穏な日常が、目を離すことのできないムードを生み出している。
このムードこそが、今回の映画の最大の魅力だ。後編が楽しみでしょうがない。
ユナイテッド・シネマ豊洲(4スクリーン)にて
配給:東宝
2024年|1時間55分|日本|カラー
公式HP:https://odoru.com/
IMDb:https://m.imdb.com/title/tt33184066/